労働価値がなくなる日:技術の進化とアーレントの思想から展望① --- 伊藤 将人

テクノロジーの進化と「労働」

「AI」「ロボット工学」「IoT」「ブロックチェーン」「ビックデータ」などテクノロジーは加速度的に進化している。テクノロジーの進化は生産力の爆発的な増加をもたらし、人間から「労働」という活動の必要性を奪うのではないか。そしてそうなった時、人間はどのような活動をすることになるのだろうか。これまでも歴史の中で、生産力の爆発的な増加という事象は見られた。その時、結果として起きた価値観の変化は、「労働」価値の相対的な上昇だったといえるだろう。現在起きつつある「生産力の向上」は過去と同じように「労働」価値を上昇させるものなのか。

ハンナ・アーレント(Wikipedia:編集部)

アーレントは1958年に『人間の条件』という本を出版している。1950年代後半という時代は人間が造ったシャトルが宇宙に打ち上げられ、核競争が激化し、工場などでもオートメーション化が急激に進んだ。『人間の条件』はこのような社会状況を背景に、人間の活動や人間の条件について書かれた本である。以下アレントの考えを参照していく。

ハンナ・アーレント『人間の条件』

まず、アーレントは人間の活動を3つの分野に分類している。1つ目の分類は「労働」である。「労働」とは生きるために行う活動であり、人間の生理的な欲求に即した活動領域と言えるだろう。2つ目の分類は「仕事」である。「仕事」とは人工物を造りだすことなどを指し、生活の向上などを目的に行われる活動といえるだろう。3つ目の分類は「活動」である。「活動」とは人間の唯一性を他の人間と共有し、創造的な活動をすることと考えることができるだろう。その典型的な場として政治空間があり、「活動」の中でも典型的な例として「言論」があると捉えている。

このような分類を前提に、近代における人間の活動について、いくつかの変化が生じていることを指摘する。

1つの変化は、人間の活動内部のヒエラルキーの変化である。3つの分類の中で、ギリシャ時代には奴隷が担っていて一番ヒエラルキーが低かった「労働」が、最もヒエラルキーが高かった「活動」に代わって、最も重要な活動とされていると指摘する。

2つ目の変化は「労働」の質の変化である。かつて、生きるために必死に行われていた「労働」はテクノロジーの進化(機械の発達)により容易になり、現在「労働」は「機械の世界」で行われていることを指摘している。

3つ目の変化は「仕事」の「労働」への転換である。伝統的な「仕事」の概念はテクノロジーの発達により分業化された「労働」に置き換えられたとする。また、「仕事」により生み出される耐久性のある物(椅子やテーブル、服など)の耐久性は短くなり、「労働」により獲得される食物との差が少なくなっていることも指摘する。

アーレントが『人間の条件』で指摘するのは、テクノロジーの進化による「労働」価値の上昇と「労働」内容の変化ということができるだろう。しかし、今後、先に見たような一層のテクノロジーの進化による生産力の向上が進めば、生産と消費のバランスに変化が生じ、「労働」価値が大きく低下する可能性がある。次章からは今後の「労働」と人間の活動について考えていきたい。

伊藤 将人 人材系シンクタンク勤務
大手新聞社入社後、人材系シンクタンクに転職。また、フリーライターとして各種執筆活動に従事。