労働価値がなくなる日:技術の進化とアーレントの思想から展望② --- 伊藤 将人

>>>①はこちら

今後の人間の「労働」と活動

過去、テクノロジーの進化による生産性の向上、生産者の増加などによる生産力の増加は消費者の増加と一人あたりの消費力の増加により、ある均衡が保たれ、人間の「労働」は生産の必要条件として、価値のあるものとして捉えられてきた。しかし将来、先に見たような急激なテクノロジーの進化により、人類の消費力を賄うだけの生産力をAIやロボットが担う可能性があるのではないだろうか。そして、人間の「労働」が生産の必要条件とされなくなったとき、人間が担う活動とはどのようなものになるのであろうか。改めてアーレントの考えに触れながら展望していきたい。

まず、本当に「労働」は人間の手を離れるのか。「労働」とは生存に必要な生産活動であり、典型的なのが衣食住に関わる活動である。中でも食物の生産に関わる活動は人間の生存に直結し、「労働」のもっとも基礎的で重要な分野と言える。事実、オートメーション化が進んだ現在でも、人間の活動の関与が大きく残っている分野である。今後、食物の生産に関して、テクノロジーは人間の「労働」を代替するのだろうか。

これまで食物の生産に関して、最大の課題だったのが、画像認識技術が不十分で食物を正確に認識できないということであった。例えば、木になるブドウの状態やブドウの茎を正確に認識することができず、人間が状態を目視し、手作業で収穫している。

しかし、AIの活用により画像認識の精度は格段に向上してきており、近い将来、この課題は解決できる可能性がある。つまり、正確に食物の実りの状態を把握し、画像の中から茎の部分を認識することが可能になりつつある。画像認識ができれば、ロボットなどの機械で収穫することができるので、人間の活動を借りずとも生産できる可能性がでてくるだろう。ブドウを例に挙げたが、他の作物や動物などでも画像認識技術の進化により同様の自動化が実現できるはずである。また、バイオテクノロジーの進化もこの分野に大きく貢献するだろう。

次に、「仕事」はどうだろうか。既にアーレントが指摘しているように、現代では「仕事」の領域はその多くが「労働」に代替されてしまっている。また現代にわずかに残る「仕事」も、必要性、有益性という「労働」の価値観に晒されている。現代では工作人(職人)が「仕事」により生み出す「工作物」の価値は品質が高く、小ロットの生産で「機械による生産」よりも「効率がよい」分野のみ必要性、有益性があると考えられている。

例えば、漆塗り職人がつくる「工作物」はその品質が良いことに加え、多くのロットを作る必要がないこと(需要が少ない)から機械より職人がつくることに必要性、有益性(コストメリット)があると考えられている。今後、AIを搭載したロボットは多様化し、高品質で小ロットに「効率のよい」生産を実現する可能性は高く、現在残されている「仕事」の領域もさらに縮小する可能性があるのではないか。

「活動」についてはどうだろう。「活動」というのは人間一人ひとりがユニークで代えがたい存在で、その人間が他の人間と協業するという活動である。つまり、アーレントが想定している「活動」とは「ユニークな人間同士のやり取り」のことであり、テクノロジーが進化し、いかにユニークで多様な形をAIやロボットがとったとしても代替できない。非常に人為的で、主意的な活動だと捉えられることができる。「労働」や「仕事」が生産性や耐久性などの指標で語られるのに対し、「活動」は「人間同士がお互いのユニークさを発揮できているか」ということが指標となるだろう。

アーレントは「活動」の典型として「言論」をあげているが、私は「活動」を「言論」に限らない広い活動領域として捉えている。そして、近い将来、人間はテクノロジーの進化により「労働」「仕事」から解放され、「活動」を主な活動領域とするのではないだろうか。

私は「活動」は「農作物をつくること」(労働)や「椅子やテーブルをつくること」(仕事)も条件を満たせば「活動」に捉えなおすことができると考えている。その条件とは先に述べたとおり、「ユニークな人間同士のやり取り」が実現できているかということである。つまり、生産性や耐久性といった指標に左右されることなく、真摯に「他の人間の中で生きる、一人の人間」として「人間同士のやり取り」をすることが、アレントの定義する「活動」であり、本来人間が担うべきとされる活動なのだ。

AIやロボットは、人間と非常に近い存在となり、また、共同で活動する場面も多くなり、人間との境界線はあいまいになるだろう。しかし、AIやロボットと人間をゆるやかに線引きすることは可能だし、それを妥当性がないとは言えないはずである。その上で、上記でみてような「人間」として「人間らしい」活動を図ることが重要だと考えている。

ここまで、テクノロジーの進化やアレントの定義から将来の活動の展望やあり方について考えてきた。言うまでもないが、テクノロジーの進化については不確実性を含むだろうし、またアレントの思想の解釈についても至らない点があるだろう。しかしそれでも、私は、近い将来、人間の活動において「労働」の価値は大きく下がり、「活動」重要性が増すと考えている。本稿が将来の人間の活動を考えるうえでの1つのヒントになれば幸いである。

伊藤将人 人材系シンクタンク勤務
大手新聞社入社後、人材系シンクタンクに転職。また、フリーライターとして各種執筆活動に従事。