「そんな小さな市のために、誰が真剣にサービスを提供するんですか。」4月30日のUstream緊急中継で、岡山県新見市でのインターネット加入率が30%にとどまっている理由を僕が尋ねたときの、松本徹三氏の発言である。司会がでしゃばるのもはばかられたので質問を重ねなかったが、それ以来、「サービス」という言葉が頭から離れない。
新見市では、公費を投じて建設された光ファイバーが全戸に接続され、その運用をソフトバンク・テレコムが請け負っている。光ファイバーをインターネットに接続するサービスの価格はソフトバンクが決め、ソフトバンクがサービスするIP電話同士の通話は無料という「おまけ」まで付けたのに、加入率が全国平均並みに低いのはどうしてだろうか。それが緊急中継で僕が質問したことだ。
公設民営という価格的には有利な状況でも加入率が伸びないのは、インターネットに接続した後に利用できる「ネット上で提供されるサービスに魅力がないからではないか」というのが、続けて質問したかったことだ。
情報通信政策フォーラム(ICPF)では、09年秋から『改革を阻む制度の壁』と題するセミナーシリーズで、コンテンツ流通・医療・政治・教育など様々な分野でネット利用が進まない理由を議論してきた。サイバー大学の場合には、年間35週までしか講義を提供できないとする大学設置基準(長い休みを取れない社会人学生はいつでも勉強できるのに)、出席管理に厳密性を求める行政指導(普通の大学では代返が横行しているのに)、オンライン教育での著作物利用を禁止する業界ガイドライン(著作権法第35条があるのに)などが壁になっているなど、現状の問題点が一つ一つあらわになった。
セミナーシリーズを終え、これらの壁がネット上で提供されるサービスが普及しない理由だと確信した。原口総務大臣の「光の道」構想では「ICT利活用促進による豊かな社会の実現:ICT利活用促進一括法案(各種規制の見直し等)」がうたわれている。これこそ本丸だと思う。光ファイバーの建設は民間でもできるが、法律・規制の改革は政治が主導しない限り実現しないからだ。
昨年10月、グローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォースの第1回会合で、原口氏は「人間を中心に据え、すべての人間に等しく降り注がれる太陽のようにコミュニケーションの権利を保障することが必要」と基本的考え方を説明された。情報アクセシビリティを推進する活動に関わっている僕はこの考え方に強く共鳴した。そんな僕には「光の道」は「降り注ぐ太陽の光」と聞こえる。
そもそもAmazonやiTunesは、どうインターネットに接続したかに無関係に、だれでも利用できる。サイバー大学の学生が利用している通信事業者もまちまちだ。そんなネット上の多様なサービスを利用できることこそが国民の持つコミュニケーションの権利だ。
「全世帯に光ファイバーを」というソフトバンクの主張は、原口氏の真意を誤解しているのではないか。公設民営という有利な条件でソフトバンクが運営しても加入率を増やせないという現状を改善するには、制度((法律・規制・慣行・思い込みなど)を改革し、ネット上で提供されるサービスの魅力を増す必要がある。
サイバー大学の学生の中には寝たきりを強いられている障害者もいると聞いた。そんな人も含めて、すべての人間に等しくICTの光が降り注がれる社会を実現するために、サイバー大学を主導された孫正義氏こそ、NTTからの光ファイバーの分離ではなく、ネットの利活用を阻害する制度改革について原口氏をサポートすべきではないだろうか。
山田肇 - 東洋大学経済学部
コメント
山田先生のおっしゃっていることに異議があるわけではありませんが、UStreamでの私の発言が誤解を受けるといけないので、一言付言します。
私が言いたかったのは、「ブロードバンドの価値を十分に具現するには、あらゆる利用方法が準備されるべきだが、小さな地方都市で環境が整ったからと言って、この為だけに色々な周辺システムやアプリケーションを開発してくれるようなところはない。全国的にシステムが行き渡って、大きなマーケットが約束されていることが目に見えてこないと、どんな会社も開発資金は投じない」という一般論です。
ソフトバンクグループもアプリの開発能力は持っていますが、新見市の場合はインフラを整備する仕事を買って出たものと理解しています。
アプリというものは、本来、数百社、数千社の有名無名の会社が競い合う環境の中で発展するものであり、インフラはその為の基礎を提供するものです。どちらが欠けていても結果は出せません。
Ustream緊急中継、拝見しました。
>「そんな小さな市のために、誰が真剣にサービスを提供するんですか。」
とおっしゃりながら、離島や過疎地への光ファイバー敷設を主張するのは矛盾していると思うんですけど、どうなんでしょうか。
松本徹三さま
>全国的にシステムが行き渡って、大きなマーケットが約束されていることが目に見えてこないと、どんな会社も開発資金は投じない」という一般論です。
日本のブロードバンドインフラが90%も普及しているのに、利用率は芳しくない。
そういう中でインフラを100%にすると大きなマーケットが約束されるのでしょうか?
takayukiさんの最初の質問に対しては私の最初のコメントでお答えしています。以下は第二のご質問に対する答えです。
「ブロードバンドは90%普及している」というと言われ方がそもそもミスリーディングです。90%というのは、「注文があれば敷設出来る準備が出来ている」という意味であり、実際に敷設されているわけではありません。実際に敷設されているのは30%に過ぎません。
施設とサービスは鶏と卵の関係にあり、サービス提供者は「宣伝したらすぐにサービスを買ってくれる可能性のある人」を潜在顧客と考えます。それから回線の敷設を考える人は対象外です。一方、未敷設のの人は、魅力のあるサービスが目前にないと面倒くさい手続きを踏んでまで、敷設を先行させるような気にはなりません。
これを鶏と卵のジレンマと呼びますが、これを打ち破るには、思い切った施設の先行普及しかないというのが私の考えです。また、医療や教育などの公的サービスは、100%敷設されていないと、不公平になるので何時までもサービスが開始できません。これも施設先行の必要性の理由の一つです。
真野です
>「ブロードバンドは90%普及している」というと言われ方がそもそもミスリーディングです。90%というのは、「注文があれば敷設出来る準備が出来ている」という意味であり、実際に敷設されているわけではありません。実際に敷設されているのは30%に過ぎません。
これについて、細かい話で恐縮ですが、
90% =「注文があれば敷設出来る準備が出来ている」
30% = 敷設されている = 利用されている
ということです。
30%しか敷設されいない理由は、注文がないからにほかなりません。
これを、強制的に敷設すれば、利用があがるというのは、かなり暴論だと思います。
「注文があれば敷設出来る準備が出来ている」のだから、なぜ注文しないのか、注文したくなるサービスをどうするかが重要だと思います。
ところで、それはそれとして、実は、Twitterもしましたが、
“90%”という数字の精度は、かなり問題が有ります。
一軒でもサービスされていたら、その地域は対応済みというような数字であり、ちゃんとした精査をされていません。
また、APPLICの作ったロードマップデータなどでは、事業者が対応する予定=整備済み とカウントされていますので、この”90%”の精度を確認することも、いま成すべき重要な点です。
ある人から、「私の90%の解釈は甘すぎる」という指摘をTwitterで頂きました。(Twitterはありがたいですね。) 90%といわれている地域でも、申し込んだだけでは殆どつないでくれないらしいです。
「近くで(しかも道路の両側にまたがらない範囲で)6件以上希望者が集まらないと敷いてくれない」「都市部を外れると、90%の中に含まれていても、幹線もまだ敷設されていないから、何年待っても敷いてくれそうにない」等々の指摘がありました。
私は自分の認識不足を恥ずかしく思うと同時に、それでは90%などということを言うこと自体が大問題ではないかと思うようになりました。NTTは実態に即した正確な情報を包み隠さず流すべきです。
真野さんのおっしゃっていることと私の言っていることには、相違点もありますが共通点も多いようです。
真野さんは「1軒でもつながっていればカバー済みにとされているかもしれない」とおっしゃっておられますが、実態はそれ以上に悪い可能性もあるようです。
つまり、「6軒以上の注文が入らないとやってもらえない」というのが事実なら、「1軒だけつながっているケースはない」ということかもしれません。言い換えれば、「6軒注文がそろうのを待っている状態」のところは、1軒もつながっていなくても「カバー済み」とされているケースもあるかもしれないということです。
もしそれが事実なら、「90%カバー」という言葉を無邪気に信じて、これをベースに国家政策を論じている我々はコケにされていることになります。山田先生もコケにされているのかもしれません。
総務省は一日も早く「90%カバー」の意味と、「注文すれば無条件にすぐにつないでもらえるかどうか」についての明快な回答を、NTTに求めるべきです。山田先生、これは事実関係を明確にするだけのことで、政治的な問題ではない筈なので、ICPFからNTT と総務省に申し入れていただけませんか?
山田肇です。4月のICPFセミナーでアメリカが発表した「全米ブロードバンド計画」について議論しました。その際に僕が話したようにアメリカの計画は350ページ以上の、極めて詳細なものです。
さらに最近「The Broadband Availability Gap」と題する分析結果が発表されました。こちらは150ページ。地域ごとにどんな速度で接続可能かの現状調査結果、サービスを提供するのにかかる費用の技術ごとの試算結果、などが詳しく書かれています。無線を主に、山間で無線が届かないロッキー山脈付近ではDSLで、という全米計画の根拠がはっきり分かる資料になっています。
我が国のビジョンや試算などには、そんなに詳細な根拠書類は付属していません。「全部光にしてもペイするはずだ」「ペイするはずは、ないはずだ」といった「はずだ」話が横行し、またカバー率90%の意味にもあいまいな部分があります。
アメリカと同じような精度できちん分析しないままの今の検討の進め方では、間違いを起こす危険があります。僕は、すでにセミナーで、このことを指摘しています。分析にはおそらく億円単位の費用と一年程度の時間がかかるでしょうが、兆円単位の計画の根拠を求めるためですから安いものです。
山田さん
この数年間、総務省は、財)地域情報化推進協議会 (http://www.applic.or.jp/)を中心に、各都道府県に対してブロードバンド整備状況の精査と、2010年の未対応地域解消のロードマップ作りを進めてきました。
当初、各自治体からの意見に多かったのは、「どの地域が今後民間事業者(NTTを含む)により、サービス展開されるのかが、なかなか開示してもらえないため、ロードマップの作成が困難である。」というものでした。 しかし、3年目にはそのようなものも概ね解消され、http://www.applic.or.jp/2009/infra/roadmap/index.htmlにあるロードマップが発行されています。
さて、ここで総務省本省のワイヤレスブロードバンド推進協議会でも、APPLICの会合でも私は自ら発言もしていますが、この対応地域の精査の単位(分解能)を、字(区、班)単位までにしないと、結果的に数字だけが絵に描いた餅になるという問題があります。
実際に、昨年岩手県で村内FTTHの実験をした集落は、新幹線の駅から車で20分くらいのところで、幹線道路も近いのですが、15軒の集落はサービス対象外にもかかわらず、統計上はブロードハンド対応済み地域でした。
このような精査は、国が指導して事業者に強力要請すれば、億単位の費用がかかるものではありません。 実際、各事業者のHPでも対応可否がWEB確認とかできます。 しかし、これを決してやらない、やろうとしないところに、とても憤りを感じています。
正しい現状認識こそが、最初の一歩ですよね。 以前の、電波の利用状況調査じゃないけど、こういうのをICPFとかが精査してしまうのは、面白いと思いますがどうでしょうか。
山田肇です。真野さん、コメントありがとうございます。
現状の精査が必要なことについて同意します。同時に全世帯光化に本当はいくらかかかり、また維持費はどのくらいか、についても中立的な調査が必要です。2.5兆円というアバウトな数字が独り歩きしている、今の状況は間違っています。
僕が先のコメントに書いたのは、そのような精査・調査には億円単位で費用がかかるが、それでも進める価値はあるし、しっかりした調査もせずに政策を立案するのは危険ということでした。そんな規模の調査はICPF単独では不可能です。それこそ総務省として実施するのが適切ではありませんか?
山田さん
総務省がいままで統計をとってきたのは、どうしても分解能が低過ぎるのです。 これは、調査が大変だとか、費用がかかるではなくて、あいまいさのある統計のほうが、はじめに結論ありきの答申を作るには、便利だからではないかと思っています。
住宅地図を用意して、ブロードパンド接続可能、不可能のエリアを色分けする作業は、アルバイトをあつめて、各地域のキャリアに電話をして、問い合わせるということで充分にできると思っています。
オンブズマン的に、霞ヶ関の出した統計を精査し、公開するというのも、これから有益かなと期待しています。
真野さん
山田肇です。ネットの利用可能性についてならアルバイトを動員してできるかもしませんが、光網の整備にいくらかかるかはアルバイト仕事ではありません。
真野さんは90パーセントにこだわっておられますが、僕は2.5兆円のほうが真剣な問題だと考えています。
今、どんな地域でどんなサービスが利用可能か、何が実際に利用されているのか、今後整備を進めるには地域ごとにどのくらいかかるのか、整備するなら光と無線とDSLのどれが適切なのか、そんな総合調査報告がアメリカには存在しているのです(少なくとも郡の単位の分解能で)。
一方、日本には90パーセントを主張する事業者と2.5兆円を主張する事業者が存在するだけで、客観的な分析にはなっていません。
それを埋める仕事はするには中立性と大金が必要だ、と繰り返し主張しているのです。
山田さん
90%が正しいのかどうか?
そして、2.5兆円が本当か?
ですね。
5年前の「全国均衡のあるブロードバンド基盤の整備に関する研究会」では、FTTHの導入コストは、PONで18万/世帯、シングルスターで、23万/世帯 でした。
90%が事実ならば、全世帯数を仮に6000万世帯と見た時、残りは10%=600万世帯ですね。
仮に上記から5年経ったので、10万円x600万世帯=6000億円が導入コストではと思うのですが、これでは違いすぎますね。
たしかに、2.5兆円は、不思議です。
単刀直入に言わせていただきたいと思います。
全国民が疑問に思っていることについて、相当正確な答えが出せる立場にいるのはNTTです。彼等は日本中のほぼ全土にメタル回線を敷設していますし、当初の3000万回戦の光敷設計画につかった詳細な資料も持っているはずです。現在の「公称90%カバー地域」が現実にはどうなっているのか、敷設希望してきた人に対してどう対応しているかも勿論分かっています。
監督官庁である総務省からNTTに「それを報告せよ」と一言要請を出せば済むことではないのですか?何故そういう要請を出さないのでしょうか?
NTTは恐らく「それは経営情報だから出せない」というでしょうが、ここにこそ、「自由に競争すべき(出来る)分野」と「自然独占に近くなっており、公益的な(国家戦略的な)観点から運営すべき分野」を一つの組織の中に並存させている「現在のNTTの最大の問題点」があるのです。NTTが「分離は嫌だ」「経営情報は出せない」というばかりでは、国民を敵にすることになりかねません。