ニューヨーク街角事情(1)- ドアマンとコンクリート - 北村隆司

北村 隆司

摩天楼に象徴されるマンハッタンが、コンクリートの街である事は間違いありません。そのニューヨーク市にも、百万坪近いセントラルパークをはじめ5千以上の公園があり,公園総面積が3千5百万坪を越えると聞くと驚きです。

緑したたる郊外生活を引き払って、マンハッタンに移り住んで10年近くになる私ですが、コンクリートの冷たさを忘れさせて呉れるのは、公園の緑よりドアマンの暖かいサービスだと感じる様になりました。


ドアマンのあるなしは、東京とマンハッタンのマンションの大きな違いの一つです。東京の高級マンションで、いかつい制服に身を固めた無言の守衛さんに迎えられると、温かみのある東京、特に下町の風情との不釣合いが余計目立ちます。

建物にはやたらと凝りながら、ドアマンの一人も置かない日本のマンションを見ていると、建築家は勿論、日本人そのものが「人よりコンクリート」「ソフトよりハード」の価値観の持ち主ではないのか?と思ったりします。

マンハッタンのドアマンの歴史は150年以上にも遡る古い歴史を持ち、現在でも3,200のアパートで1万人を遥かに超えるドアマンが働いて居ると言われます。

何事につけ接客態度の悪いニューヨークですが、ドアマンの態度の良さは天下一品です。住人の名前や習慣を覚える事も早く、そのサービスに一度でも接すると虜になってしまいます。

私の住んでいるアパートは34階建てで、44戸の比較的小さなアパートですので、常勤のドアマン9人、臨時雇いが3人のこじんまりした態勢です。正式のドアマンは全員Local 32 BJというサービス業従業員組合のメンバーで、時にはストライキも起こします。

スーパーと呼ばれるドアマンのボスは、大工仕事やペンキ仕事は勿論、電気工,鉛管工等のライセンスも持ち、上下水道の詰まりや簡単な器具の修理など住人が困りそうな身の回りの世話は出来る技能を身につけているのが普通です。スーパーになると、アパートの一室に無料で一緒に無料で住み込む特権が与えられます。

私の入居するビルには、31歳の創価学会のメンバーで今夏の池田会長の来訪を楽しみに待っている、風変わりな人物がいます。彼は、ガイアナから移民して来たインド系の人物で、鉛管工、電気工の資格は既に取り、将来スーパーになる事を目指して、更に他の2種類の技能資格を取るべく夜学に通って張り切っています。

言葉の障害も少ないドアマンの仕事は、移民に人気の高い職業です。一昔前はドアマンと言えばアイルランド人が圧倒的だったそうですが、現在はヒスパニックや東欧、特にポーランド、アルバニア、モンテネグロ,マケドニアからの移民が多く、不思議な事に黒人やアジア人、それに女性が少ないのが特徴です。この辺も、移民の変遷を物語るアメリカならではのお話しです。

30ヶ月の見習い期間を終え、組合に加入を許されたドアマンは、本人と家族の歯科を含めた医療保険は勿論、有給休暇は最低でも年間12日、20年以上の勤続者は30日も与えられ、更に病気の有無に関係なく年間10日の有給病欠日と2日のドクターズデイの取得が認められています。

勤続20年以上で65歳に達すると、公的年金と企業年金付きで引退する事が出来るのも魅力のようです。新聞報道によりますと、平均年収4万ドル超、それにチップも期待できるこの職の人気は高く、ドアマンになるのは容易ではないとの事です。

縁故と口コミによる就職が圧倒的な為か、ドアマン募集の広告は殆ど見かけません。採用の権限を持つスーパーはドアマン憧れの地位だそうです。その為か、機会平等が原則のアメリカでも、ドアマンはスーパーと同じ人種や親戚で固まる傾向にあります。

それでも、ドアマンの運命を握るキーは住人との関係で、住民からの苦情が原因で職を失うドアマンも珍しくありません。どんなに厳しい冬でも外に出てタクシーを呼び、ゴミを外に出し、買い物袋を運び、お年寄りにはエレベーターに付き添って住人のアパートまで送り、出前が来ると住人に連絡を取るとTVカメラで出前の後を追い不測の事故に備える守衛さんの仕事も兼ねています。口は極めて固く、住人に関するゴシップはご法度です。

水廻りの修理や簡単な大工仕事、電球の交換など日常の雑事の処理など、老化の進む日本ではドアマンの役割は益々必要になるのではないでしょうか?

大都会で冷たいコンクリートに挟まれて孤独死する人が多い日本の世相を考える時、費用の問題はあるにせよ、都会の生活を和ませ、生活の質を高めるドアマンの価値を見直す事も「コンクリートから人へ」の道ではないのかと思う今日この頃です。

読んでもいないで推薦するのも気が引けますが、数年前にコロンビア大学のPeter Bearman 教授が「ドアマン」と言う本を著し、ドアマンの歴史や効用にはじめて光を当てたそうです。日本のデイベロパーやマンション建築の専門家も、今後の参考にこの本を覗いて見ては如何でしょう。

                 ニューヨークにて  北村隆司