「日本を元気にする薬」の効き目を、半年以内に検証を - 石川貴善

アゴラ編集部

本来政治に関する内容は控えていますが、9月4日の代表選の街頭遊説を、たまたま通りかかって内容を聞きましたことから、菅総理の演説内容を経済政策の理論に限って触れてみたいと思います。

望むことと言えば内容に賛否が分かれますが、言葉を借りれば「日本を元気にする薬」の効き目を、新薬は当然リスクを伴いますので、来年度予算成立まで限って検証して欲しいことです。


演説内容を振り返りますと「給与を得て税金を払う事が、社会や財政の安定につながり、これを雇用との好循環につなげるのが私の経済政策です。12月に決定する来年度の予算案を見てから決定して下さい。」とあります。

私も大学で経済学を学びましたが、経済政策の主張に関しては未だによく分からない、理解できないと思うことも少なくありません。社会政策上、雇用が大切だという主張は分かるのですが、介護や医療での雇用は税金が原資となるため、その効果はどうしても限られますし、雇用は景気拡大の際に遅行して起こる派生需要ですので、景気が良くならないと雇用が増えません。

また未だによく分からないのは、菅総理の経済政策ブレーンが提言している「増税して雇用を増やすと、経済が成長する。」ことです。軽く要点を検証しますと、

1) 不況に景気対策は需要サイドに立って、働くよりも使うインセンティブを促進する。
→これは通常のケインズ政策と同じですが、理解の範囲内です。

2) 不況期は供給過剰のため、高給取りのやる気を削ぐ最高税率の引上げなどを行う。
→課題は2つあり、富裕層の税率の引上げは国内資産を海外に移転することとなり、逆効果となること。また不況時ほど富裕層のダメージは大きくなるため、こうした制度は日本では所得の捕捉が十分でないため、意図的な赤字計上や租税逃れを行う動機となります。

3) 高給取りはやる気をなくして余暇を取ってもらい、お金を使ってもらった方が良い。
→日本では消費行動を周りの空気や雰囲気で決める傾向が強く、自営・会社勤めに関係なく不況時にお金を使う、というメンタリティはそもそも成り立ちにくい環境です。

4)好況になると需要が増えて供給不足になるため、最高税率を下げて高給取りの働くインセンティブを促進する。
→これは理解できます。

5)課税最低所得の引下げによる課税対象の拡大に対し、「低所得者から高所得者への所得の再分配が行われる」と批判している。
→これも理解できます。

6)ここが最大のポイントですが、テレビ番組出演などで「政府の雇用創出の財源として、所得税と消費税のどちらがよいか」と聞かれた時に、「所得税が望ましいが、消費税でも良い。」ということ。
→これは2つの意味で矛盾しています。消費税は逆進的な性格が強く、富裕層増税や課税最低所得の反対といった主張に反していること。また不況やデフレ時の増税は、景気に大きくマイナスとなることが挙げられます。

経済学は古典派の流れを汲むと、供給側の価格調整メカニズムからアプローチする場合が多く、こうした需要側からのアプローチは面白い面もあります。

ただし、アカデミアの世界では単純化した経済モデルを作って検証することが一般的で、その中でロジックが成立しても、実際に行う際のアプローチや社会制度・人々の選好(これはゲーム理論が進んでいます)・経済政策として見れば現実性を欠いており、よく分からないことだらけです。

90年代後半からの国際競争の中で、相対的に成長率が低く劣位に立っている日本経済を、太平洋戦争の総動員体制になぞらえる論調が増えていますが、伊藤正徳の『連合艦隊の最後』において、レイテ沖海戦を、
「無理の集大成であり、そして無理は通らないという道理の証明に終わった。」
と評しています。

実際にはそうなる公算は強いと思われますが、「日本を元気にする薬」は空振りか劇薬かは分かりませんが社会全体に塁を及ぼさないよう、短期かつミニマムに行って欲しいと考えます。

(石川貴善 有限会社ITソリューション 取締役)
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