矢張り「無事これ名馬」は日本を駄目にする―山口氏の誤解への弁明

北村 隆司

山口氏は、私の投稿を「若者の事なかれ主義が日本を駄目にしている」主張だと要約されましたが、これは本意とは正反対で、私の稚拙な文章が大きな誤解を与えたと恥ずるのみです。


そもそも私の投稿は「日本企業が最も欲しくない人材は『優秀でも会社への忠誠心が低い人材』で『黙って言うことを聞く人材』を何よりも求めている」と言う松岡祐記氏のアゴラへの投稿記事に驚き、その様な価値観を持つ企業に批判の矛先を向けたもので、若者とか特定世代の責任を追求したものではありません。

就職問題の様な一種の社会現象は、全体の条件を整えないと解決は難しく、特定の現象を捉えて原因を求める西洋医学的な手法では解決しないと言うのが自論で、犯人探しは余り意味がない事と、右肩上がりの経済が続き、ひたすら欧米の後を追いさえすれば、敢えてリスクをとらなくても済んだ時代と異なり、「No Risk, No Return」の時代に入った今は、「安全第一の事なかれ主義」的企業の生き残りは難しいと、企業にに警告した心算でした。

大学生の就職難問題は、今に始まったものではなく、戦後も一貫して学生と企業間で「売り手市場、買い手市場」の関係を繰り返してきました。

山口氏の「日本の若者が事なかれ主義に動くのは、日本の世相に因する」と言う分析には大賛成の私ですが、「事なかれ主義になるのは若者の責任ではない」と言う結論には合点が行きません。自分の人生は自分で決めるのが原則で、風潮に流されるかどうかも自らの責任で決めるものだと思っています。右顧左眄せず、自分の人生は自分で決める気概は、これからの世界では絶対に必要なものです。

現に、毎年ボストンで開かれている日本人留学生向けのジョブフェアーに出席した後、ニューヨークに寄って呉れた大企業の募集担当責任者は、「米国大学の卒業生は意気込みややる気が違う。学生側も留学と言う大きなリスクをとった以上、自分の強みを企業で活かしたいと職種をしつこく聞いて来る学生が多く、頼もしい。語学面では帰国子女で間に合っても、この意気込みの違いは補えない」と漏らしていました。

強すぎる雇用規制がはびこる最近の日本は、権限は国家、責任は民間と言う「民営社会主義」の傾向が強すぎ、これが日本の「事なかれ主義を」助長し、就職事情をむしろ悪化させている事は皮肉です。

処で、本題からは脱線しますが、山口氏が「不毛地帯」とか「伊藤忠の岡藤新社長」と言う、私に身近な問題に触れておられましたので、私からも一言申し添えますので、ゴシップの一つとして御笑覧下さい。

「不毛地帯」の主人公と言われる瀬島龍三氏については2月4日の拙稿「ゲリラに弱かった瀬島参謀」に書いた通り、想い出の深い人物で、海部八郎氏もお目にかかった経験だけでなく、大学時代の級友が同氏の秘書役を勤めていたなど、ご縁のある人物です。

瀬島,海部両氏が飛びぬけた才能の持ち主であった事は間違いありませんが、帰納思考の持ち主で、リーダー的な瀬島氏と演繹思考の傾向を持ったボス的人物の海部氏は対極にある人物でした。

具体的な案件にめっぽう強い海部氏は、大型商談には文字通り敵なしでした。然し、その後の捜査で明らかな様に、目的の為には手段を選ばない危うさもあり、それが不幸な結果を齎したのだと思います。

一方、瀬島氏は商才は略ゼロに近く、寧ろ商売下手を誇っていた方でした。然し、形而上的思考に優れた方で、仕組みを作る大家でした。だからこそ、国鉄や電電公社の民営化で中曽根、土光両氏の参謀として活躍されたのだと思います。

影響範囲の狭い個別案件で強烈な爆発力を発揮した海部氏は、日本に数多いボス的カリスマですが、瀬島氏は、日本には少ない広範囲で永続性のある仕組みを考えるリーダー的な存在で、長期に亘り広い領域で影響を残す人物でした。

伊藤忠の岡藤新社長についてのエピソードは、お話としては面白いとしても実態とは些か異なる様です。

岡藤新社長を知らない私は、社内の資料とか後輩に聞いて見ましたが、東大出身には珍しく、駐在経験ゼロ、英語力もゼロ、2年間の東京勤務を除くと全て大阪勤務で、出て来る言葉も大阪弁の商売言葉で、洒落て洗練された表現からは程遠い人物のようです。

然し、単なる前垂れ商人ではなく、「物を売る」伝統を持つ繊維部門に「イメージ、ブランド」と言う抽象概念を持ち込み、総合商社でも一人勝ちの大成功を収めた人物で、いわば瀬島さんと海部さんのハイブリッド的な新人種と言う印象です。

岡藤氏が、英語が不得手なハンデを克服して、熾烈な競争を勝ち抜いてアルマーニのブランド・ライセンス権を得る為に取った戦略は、既に報道された有名なエピソードです。誰も予想しなった人事で社長に就任して」以来の半年間で、矢継ぎ早に政策を打ち出し、実行していることは自信の表れだと社員も見直しているようです。

更に面白いのは、社長に贈られたお歳暮のリストと写真を、イントラに掲示して、希望する社員に抽選で配ると言う前代未聞の奇策を打ち出し、これに驚いた会長以下、諸役員も後に続くと言う、独特の求心手法にも評判は上々のようです。

会議が多く、過剰管理の不満が強かった伊藤忠の社内事情を良く知る岡藤社長が、強烈な組織改革で管理部門を大幅に減らし、「現場第一主義」「顧客第一主義」の徹底と言う原点に戻す方向は、むしろ「やっと原点に戻ったか」と社員からも歓迎されています。

「ケーブルテレビ、衛星放送」と言った派手な商権は、特に伊藤忠の誇る業績だとは思えません。報道されていないだけで、この手の案件は何処の商社でも沢山手がけています。寧ろ誇るべき案件は、三井物産と共に世界に先駆けて考案、実行した「開発輸入」と言うビジネスモデルとか、瀬島軍団が中心になって編み出した、自動車産業の国際分業などで、このビズネスモデルは、日産のゴーン社長の経営の基本として採用されているくらいです。

データベースになる程、豊富な事例を持たない私は、どうしても演繹思考に奔り勝ちで、帰納的な切り口の山口氏とアプローチは異なりますが、貴重なご意見として今後の参考にさせて頂きます。