ハブ空港には種類がある

花岡 伸也

2010年は日本の航空分野にとってエポックメイキングな年として記憶されるだろう。1月のJAL倒産から始まり,相次ぐアジア系LCC(ローコストキャリア)の就航,地方空港の赤字議論,日米オープンスカイ覚書署名など,今後数年間の航空業界を方向付ける大きな出来事が続いた。中でも航空市場に最も大きなインパクトを与えたのが,羽田空港の4本目滑走路供用開始とそれに伴う新国際線ターミナル開業である。羽田空港に国際線定期便が本格的に就航し始めたことで,航空,観光,その他関連業界にとって大きなビジネスチャンスとなっている。そうした中,新国際線ターミナル開業後に「羽田ハブ空港」議論が再び盛り上がった。再び...とは,昨年10月,前原誠司前国土交通大臣が,日本にはハブ空港が存在しないとして「羽田空港ハブ化構想」について言及し,その後ハブ空港に関するニュースが飛び交ったからである。しかし,昨年来のハブ空港議論にはいくつかの誤解が散見される。


ハブ空港とは,航空会社が拠点と位置づけ,路線を集約している空港のことである。空港がハブ(中心軸),航空路線がスポーク(輻)と,輸送システムの形状が自転車の車輪に似ていることが名称の由来だ。米国で1978年に実施された航空規制緩和以降,主要航空会社が新たに始めたハブ・アンド・スポーク・システムという輸送システムにより,ハブ空港は登場した。このように,ハブ空港とは航空会社の視点から生まれたもので,現在も米国航空会社の国内線ネットワークはハブ空港を中心に展開されている。しかし,それが転じて「多くの航空路線が集中している空港」のこともハブ空港と呼ぶようになった。

一方,北米,欧州,アジアなどの各大陸で,乗り継ぎの中継地として路線網の中心となっている空港もハブ空港と呼ばれている。これらの空港は,大陸間を移動する長距離路線の玄関口にもなっていることから,ゲートウェイ空港とも呼ぶ。マスコミ等で議論されているハブ空港の対象の多くは,このゲートウェイ空港のことである。ゲートウェイ空港には多くの航空会社が路線を集約させており,乗継利便性が確保されている。このゲートウェイと呼ばれる空港の間で起こっている,就航路線と乗継旅客を奪い合う競争こそがハブ空港間競争である。

前原前大臣も含め,多くの方が誤解しているのは,羽田空港,成田空港共に,ソウルの仁川空港や上海の浦東空港にハブ空港としての機能・能力で後れを取っている,という認識である。これについて,「神戸港はかつて多くのコンテナが集約するハブ港湾であったが,いまは釜山港など周辺諸国の大規模港湾に大きな後れを取っている。空港でも同様のことが起こり得る」と海上コンテナ貨物輸送と同列に比較して論じる方がいる。このような誤解に対する回答は次のとおりだ。航空旅客輸送において,旅客は乗継空港における待ち時間,ロストバゲッジなどを厭い,直行便を好む傾向にある。そのため,たとえ長距離用の大型航空機でも,乗継旅客の占める割合は実はそれほど高くない。この点は,トランシップ貨物割合の高い海上コンテナ貨物輸送とは根本的に異なる。旅客と異なり,貨物は乗り継いでも文句を言わないからだ。港湾は貨物輸送が主体であり,トランジット貨物が取扱貨物の90%以上という大規模ハブ港湾も少なからず存在する。航空旅客輸送の場合,ドバイ空港のような例外はあるものの,世界のほとんどの国際ハブ空港は,もともと都市航空需要の大きい大都市に存在している。

しかし,上記のような誤解はそれほど多くはないだろう。多くの方のハブ空港議論の誤解は,ハブ空港には種類があることを知らないことに基づいている。ここに,成田空港と仁川空港の路線ネットワークを比較したデータがある。国土交通省が,2009年5月時点のアジア大都市の航空ネットワーク情報(就航都市数,週間便数)をまとめたものである。スライド3枚目が東京,6枚目がソウル,以下,北京,上海,香港,シンガポール,クアラルンプールと順に情報が整理してある。ここから,東京とソウルのデータを抜き出してみる。

東京(成田・羽田) 北米22都市360便 アジア40都市969便 欧州14都市173便
ソウル(仁川・金浦)北米13都市185便 アジア80都市1486便 欧州17都市130便

荒い集計なので説明が必要である。このデータからわかること,それは成田は北米ーアジア間の国際・国際乗継空港,仁川は北東アジアにおける国際・国際乗継空港という事実である。日本は米国とアジアの間で地理的に優位な位置にあり,成田は北米─アジア路線の乗継拠点として優れたゲートウェイ機能を持っている。実際,成田は昔からノースウェスト航空(現デルタ航空)のハブ空港である。一方,仁川に就航する多くのアジア国際線は,実は日本と中国である。成田と仁川,両者ともゲートウェイ機能を有するハブ空港であるが,そのネットワークの形態は異なるのである。もちろん,重複している路線もあることから一部では確実に競争している。しかし,成田が仁川に後れを取っていると単純に結論づけることはできないのである。東京が旺盛な都市航空需要を持ち続ける,つまり国際都市としての競争力を持っている限り,そう簡単に仁川に「後れを取る」ことにはならないだろう。

羽田のハブ空港としての機能は,そもそも成田や仁川と異なる。羽田は国際線定期便が就航することにより,国内・国際乗継機能を持つゲートウェイ空港となった。国際・国際乗継空港である成田や仁川とは,ハブ空港としての種類が異なるのである。羽田の国際線定期便就航による効果の一つは,国内地方から羽田を乗り継ぎ,以前より時間を短縮して海外旅行や海外出張に行けるようになったことである。それを期待したパッケージツアーも数多く組まれている。成田にそのような機能がなかったこと自体は問題として認識する必要はあるが,成田への国内線就航に多くを期待できない現状では,羽田の国内・国際乗継機能の強化に重点を置くべきである。

以上のように,アジアにおけるハブ空港間競争の実態はそれほど単純ではない。長くなってしまったので,次回,旅客数のデータを見ながら,仁川のほか,上海,香港,バンコク,シンガポールなどアジア各都市のハブ空港の実態について解説する。例えば,上海の浦東空港は旺盛な国内線需要に対応するため,国内線に発着枠を優先的に割り当てることで国際線の需要を伸ばすことができず,ゲートウェイ空港どころではないという実態などを紹介する。また,日本の地方から見ると,長距離国際線については仁川と羽田・成田が乗継空港としての選択肢となり競争しているという指摘があるが,仁川に行く旅客はソウルを目的地としている場合が主で,仁川を乗り継ぐ需要は決して多くない(少なくもないが)というデータもある。これも次回で。

東京工業大学大学院 准教授 花岡伸也