日本財政は、毎年の借金が税収を上回る、つまり「財政赤字>税収」という異常事態に2年連続で陥り、危機的な状態にある。もはや歳出削減や埋蔵金の活用には限界にあり、将来世代への負担先送りをやめ、世代間格差の改善を図るためにも、ある程度の増税が必要なのは明らかだ。新年こそ、危機回避の転換点にしてほしい。
しかし、「日本政府の借金はほぼ内国債であり、経常収支が黒字だから、財政破綻は起こらない」という議論を時々耳にする。
この議論が妥当か否か、やや極論であるが、以下のような「アリとキリギリス」のケースを例に考えてみよう。論点を明確化するため、政府が存在しないケースと存在するケースの2ケースを考える。
まず、政府が存在しないケースであるが、この経済には、アリとキリギリスが1匹ずつしかおらず、真面目なアリは毎年、自らの労働で100の食糧生産を行い、国内で80の売上(アリとキリギリスは40ずつ消費)、海外から20の売上を得ているとする。また、労働コストはゼロとする。他方で、怠け者のキリギリスはまったく働かず、アリから毎年40の借金をして生活しており、いまやその借金は1000にも達する。なお、この経済では、海外からの売上20が経常黒字に相当し、GDPが100、国内消費が80、貿易黒字が20となる。
さて、このような状況で、キリギリスはいつまでアリから借金ができるだろうか。
キリギリスは働かず、収入ゼロだから、さすがにアリも心配になり、通常ならばもはや借金を認めなくなるだろう。その際、キリギリスとアリは交渉を行い、キリギリスも来年から働き、借金の半分は返済するが残りはデフォルトするような取決めをするかもしれない。
次に、政府が存在するケースであるが、その際、政府は国債発行でアリから毎年40の借金をして、キリギリスに40の給付をするケースを想定する。しかも、キリギリスの借金1000も政府がタダで引き受ける。つまり、政府の債務1000はアリの資産1000に一致し、政府は毎年40の財政赤字を計上する。このとき、政府には課税権があるから、アリが政府を信任して、さらなる借金ができる可能性がある。
しかし、この構図もいつまで続けることができるだろうか。
政府の借金はアリの資産に一致するから内国債であり、経常黒字20があるから、大丈夫と結論付けることができるだろうか…。
前者と後者のケースの違いは、キリギリスの借金に、課税権をもつ政府が介在しているか否かのみである。だが、この経済で生産をしているのはアリのみであり、政府が、キリギリスが真面目に働いて得る収入に課税してその借金を返済しない限り、アリが損するのは明らかである。
将来的にキリギリスが働くつもりはない場合、実質的に返済を行うのはアリ自身で、アリはキリギリスに毎年40の寄付を行っていることになり、政府からこれ以上の国債を引き受けるのは合理的でない。その場合、前者と同様、アリが心配になり、もし政府がアリに借金40を引き受けてもらえなくなると、この構図が破綻する点は変わらない。
なお、政府が海外から獲得したアリの売上20に課税をして借金を返済する場合についてもアリが損をするのは明らかであり、その場合、アリが政府からこれ以上の国債を引き受けるのは合理的でないのはいうまでもない。したがって、経常収支が「赤字だから」あるいは「黒字だから」というのは、問題ではない。
確かに経常収支が赤字、つまり海外からお金を借りている状態の場合には将来に海外から厳しい借金の取立てがやってくるかもしれないが、経常収支が黒字の場合には海外から取立てにやってくることはない。
ただ、それでもますます増えていく借金をアリに負わせるのに限界があるのは明らかだろう。つまり、「経常収支が黒字だから、財政破綻は起こらない」というのは、「アリはどんな膨大な借金にも耐えられる」といっているに等しい。
コメント
「将来世代への先送り」という観点で見た場合、増加し続ける歳出にメスを入れずに増税することは、先送りを加速することにならないでしょうか。
財政破綻の方が、現在高齢者が持っている資産と相殺させるとことで、先送りを止めさせることができるように思います。
無論、悲劇がより起きるのは破綻の方ですが、財政のモラルハザードを矯正するには、こちらの方がましなのではないでしょうか。
政府というのが、もう一匹のキリギリスに見えるのですが。それは冗談として、政府に徴税権(能力)があり、国民にまだ税を納める能力に余地(おそらく消費税は20%までは取れるので10%の余地)が見えて、それらを担保に借金が積み上がっているので、担保がしっかりしている限り問題無いと思います。ただ、これらの担保で最近不安を感じさせるのは、政府の徴税権(能力)で、信望の薄い政府(国民のために誠心誠意尽くしている感じがしない)のために税金を納めたくないと思う国民の比率が高まると“破綻”するでしょう。したがって、政府は信望を厚くすることに邁進すべきなのです。今の菅政権って…私は小沢民主政権に期待しています。
事例が単純化されすぎであまり適当ではないように思います。
政府が存在しないケースで、キリギリスの毎年40の借金は返済の可能性がないのですから、アリは毎年損金として償却をします。それでも海外販売分の20を剰余金としてアリは存続します。通常は、20の剰余金で次年度の100の生産が可能かどうかが問題ですが、事例の前提がコストをゼロとしているため事業は継続し、20の剰余金は毎年の利益として積み立てられます。つまりキリギリスの存在は生産性の低下を招いているが、事業存続に問題はなく、毎年キリギリスに食料を与え続けることは可能です。どのようなケースになると破綻するかと言えば、アリが60以上消費するようになり、キリギリスも40の消費を続け、海外での剰余金の蓄積に手をつけざるを得なくなった時でしょう。
今少し現実的な事例を考案され、精緻な議論が展開されることを期待します。
「じゃあ何が関係あるのだろう。」と考えて理論的に検証されることが大切ではないでしょうか。
現状は、借金まみれでろくに働きもしないキリギリスが貧乏なキリギリスにどんどんお金貸していますよね。
大変、分かりやすい論点ですね。
特に、キリギリスを官僚および政府としている点、たいへん個人的には気に入っています。
もう、一部の権力機構の「大風呂敷」は、ウザイです。
コンクリートであろうが、人で構成されようが、予算を獲得するためとしか思えない、「ハコモノ」。こんなことに悪知恵を良くぞ使えると、人間不信になりそうな、今の日本の官僚と政府のもたれあい、癒着・・・いい加減にみんなでレッドカードだしませんか。
やはり、消費税導入を速やかに行い、時間差(余裕)を作った上で、大きなテーマ、「政府のあり方」や「国家の意思の決め方」を再検討しなくてはならないと思います。消費税導入は、納税者意識を高め、ある程度強制的に国民全体を政治に関わらせる効果もあると思います。
自民→民主、と続く、茶番劇「お祭り事」を、国民主体の本当の「お政り事」に改変する、いいきっかけとなると思います。その代わり、今までの五月雨式ではなく、インパクトフラッシュのような40%という、どの国民も主体的に考えなければならないような、強烈な印象が必要だと思います。
その1
「経常収支赤字・・将来海外から借金の取立てがあるかもしれない」について、完全に誤解です。
経常収支黒字=広義資本収支赤字、経常収支赤字=広義資本収支黒字のことです。黒字は儲け、赤字は損ということではありません。もちろん、経常赤字は、海外からの借金というものではありません。
<参考文献>
高増明他『経済学者に騙されないための経済学入門』ナカニシヤ出版2005 p20
…豊かさというのは、いろいろな財を消費して満足を得ることです。けっして、輸出が輸入より大きいことが豊かではないのです。…対外債務(筆者注:アメリカの経常、貿易赤字:資本収支黒字)というのは、住宅ローンとは違って返済しなければいけないものではありません。対外債務というのは、たんに外国の企業が自国の土地や株を買ったということです。けっして日本人が(筆者注アメリカ人etcが)外国からお金を借りてそれを毎月返済しなければならないということではないのです。
その2
「経常収支赤字・・将来海外から借金の取立てがあるかもしれない」について、完全に誤解です。
投資(カネを貸)してもらっている国から見ます。
○○国の新工場や店舗を、日本人が建てることです。
○○国の会社の株式が、日本人によって買われているということです。
○○国の会社の社債を、日本人が購入している状態です。
○○国の銀行の預金を、日本人がしていることです(○○国銀行の預金は、銀行から見たら負債です)。
○○国の不動産の持ち主が、日本人の場合です。
○○国の国債を、日本人が購入している状態です。
たとえば、日本企業が外国から投資された場合、以下のようになります。
外国人の株保有率 出典 日経H22.6.19 2010年3月末現在
オリックス 50.5%
パイオニア 31.3
日本電気硝子 44.4
三井化学 31.5
住友重機械工業36.6
日本郵船35.2
野村HD 44.1
レオパレス21 32.4
これらの企業は、すでに「外国企業」です。日本人が、外国会社の株や社債を買ったり、M&A(買収・提携)したり、海外に工場や店舗を建てる直接投資(海外に株式会社を作る)ことが投資(カネを貸す)です。
日本人が、外国人投資家に借金をして、借金を返済しているわけではありません。
菅原晃