2011年、「個人」そして「現場」

山口 巌

2011年とは一体どんな年に成るのだろうか?本来は政治主導での抜本的規制緩和や社会保障に大鉈振るう事を提唱したいのだが、政治主導どころか政治が官僚にぶら下がって居る今の状況では残念だが全くリアリテイーが無い。しかしながら企業に於いては、「個人」と「現場」への回帰が加速する年と成り、結果日本の再生に繋がるのではと期待している。
戦後、多くの僥倖に恵まれ歴史上稀に見る経済発展を遂げた日本であるが成功の条件が剥落してしまった現在、過去を引きずった役所や企業の組織は機能不全で日本の発展の手枷、足枷に成ってしまっているのではと危惧する。それ故、日本が「平成ルネッサンス」を起こす為には一旦、原点たる「個人」と「現場」に回帰するのが早道だと思う。今ある組織は抜け殻にして、その後あるべき姿に再構築してはどうだろう。

此れは何も難しい話では無い。今の日本の組織は役所であれ企業であれ力士10人に親方が15人も居る相撲部屋の様な状況だと思う。親方は力士に対しもっと頭を付けろとか下半身を使えとか色々指導する訳だが基本相撲部屋に親方は1人で充分だ。他は全員褌を締めて土俵に上がるべきなのだ。そうすれば、誰が実際に強くて誰が弱いのか一目瞭然である。企業なら、会議や、議論や大企業でありがちな社内根回とか社内営業と言った内向きで不毛な仕事は消滅する筈だ。

だから、営業部門は当然として管理部門の社員でも「現場」に放り出すべきである。朝9時に出社して何のビジョンも持たない中間管理職の無機的な指示を淡々と遂行し夕方6時が来れば退社すると言う所謂「会社員」は2010年までのお伽噺にした方が良いと思う。

当然、労務管理の中身と質も変わる。従来の勤怠管理から個々の社員が会社とビジョンをどの程度共有し、何を成そうとし、何処まで達成出来たのか?そして頑張る過程で実務能力を何処まで伸ばし、人間としも成長したのか?等が本来査定されねば成らない筈である。唯、残念であるがそれが出来る中間管理職は殆ど居ない様で、それこそが日本の労働生産性が低下し続ける主たる原因と思う。

「現場」に出された社員は、直接自分の目で市場と市場の変化を観、市場関係者の言葉を自分の耳で聞き、変化と変化の背景にあるものが一体何なのか?そして次に起こるであろう変化は何で?勤務する企業はどう対応すべきか?又、自社のコアコンピータンスと経営戦略から考えて可能なビジネスモデルは何か?必死で考え続けなければ成らない。

昨年は就職問題が大きな話題と成ったが、新入社員であれ何であれ就職すると言う事は要は「個人」として「現場」に投入されれ事である。従って、職を得るに際し既に何者かで有らねば成らないのである。現在の混乱の多くは当事者たる大学生は勿論の事、卒業生を送り出す大学も、大学生の親達も、教育システムに本来責任ある文部科学省の官僚、彼らの指導要領にぶら下がる教育委員会の役人、現場の小・中・高の教師の誰もが此の事実を理解出来て無い事にある。

現場に投入された中・高年の殆どは野垂れ死にする事に成るであろう。若年層であっても決して楽観は出来ない。しかし、日本再生の為には我々は此の凄惨な状況をを直視し生存率を上げる施策を検討し支援するに徹し、決して逃げるべきでは無い。日本再生とは本来こう言う事だと思う。

「個人」として「現場」で生き残る為の武器とは何だろうか?親は可愛い子供達にどんな武器を与えてやれるのだろう?大学は卒業生にどんな武器の使用方法を教えれば良いのだろう?

第一には、与えられたミッションに対する何としてもやり抜くんだと言う強い「コミットメント」だと思う。表現を変えれば苦難があってもめげず、折れない心を持ち続ける事である。

二番目は航海に際ししっかりした「海図」を持つ事。「海図」とは個人として保持するデーターベースである。独自の人脈やネットから必要な情報を絶え間なく入手しその意味や背景を自分の頭でしっかり考え抜き、体系化し従来のデーターベースに組み込み、アップデートを繰り返したものである。此れに、「現場」で観た事聞いた話を体系化し組み込んで行く訳である。

最後は「羅針盤」。業界の中での自社や自分の立ち位置を正確に示してくれ、どちらに向かって、何をなすべきか教えてくれるものである。此のベースと成るのは人脈からのアドバイスやtwitterの様なsocialからの情報、アドバスとかagoraでの識者・論者のエントリー。無論、リテラシーを高める事が条件であるが。真剣に考えた結果の疑問であればコメント欄に投稿すれば日本を代表する様な「知」の巨匠であってもアドバイスしてくれると思う。良質の情報をベースに考え、知と双方向でやりとりし、その結果としての「個人」の直観こそが羅針盤と思う。此れを巧く使いこなす事だ。

要約すれば、今迄は役所或いは企業とかある種、箱、入れ物の中で窮屈さはあるにせよ仲間に囲まれ、牧歌的な生活が送れた訳であるが2011年は「個人」として「現場」と言う名の荒地に一人置き去りにされ、仕事と格闘せねば成らないと言う事。そして、幸い野垂れ死にを免れ生き残った人間が企業を新たに再生する事に成り、此の良い循環が日本の再生に繋がると思う。

山口 巌
ファーイーストコンサルティングファーム 代表取締役