ダボス会議体験記 (2)

岩瀬 大輔

2011年1月24日。4時間遅れで出発したチューリッヒ行きのスイス航空機内で英Financial Times紙を広げると、ダボス会議に関する記事がいくつも出ていた。

今年の参加者については、メルケル、サルコジ、キャメロン、オズボーン英財務相などが参加することから、ユーロをどうするかということが舞台裏で議論されるだろう、と書かれていた。加えて、メドベージェフ大統領が開会スピーチをすることが西から東へのパワーシフトの象徴だということや、オバマ政権がガイトナー財務長官以外は高官を派遣していないのは(GEのイメルト会長も参加しない)、国内の高い失業率を抱えるなかスイスの山奥で銀行家たちとパーティを楽しんでいると思われることが世論的に厳しいから、といったことを指摘している。


ちなみに参加者一覧のリストをダウンロードしてみたところ、全部で111カ国から約2,500人が参加し、このうち米国が約700名、イギリスが270名、ドイツが160名、インドが130名、地元スイスが110名、フランスが105名、カナダ70名。これについでロシアと日本が60数名とのことだった。

「セイビング・ザ・サン」の著者としても知られるジリアン・テット女史による、「CEOたちはなぜダボスに向かうのか?」というテーマの記事は、長年のダボス常連という経営者が「集団ダイエットと同じで、お互いのサポートが欲しいから」という言葉を引用して、雇用が増えず、インフレや途上国の台頭など先行きが不透明ななか、ユーロの将来、金融規制、通貨問題、米中関係、高騰する商品価格などについてCEO仲間と議論することで経営上の指針を得ようとしているのでは、と指摘している。

特集の別冊では、今をときめく仏クリスチャン・ラガルド経済財務大臣のインタビュー記事や、4人の記者による座談会形式で今年のダボスの主要なテーマ予想として、ユーロの通貨危機、「バーゼル3」(新しい銀行の自己資本規制)後の銀行のバランスシート改善、中国の台頭と米中関係の変化、そしてG20の役割の変化などを掲げている。

興味深かったのは「ダボスは基本的にはアイデアや意見を交換する場に過ぎないが、これだけ影響力ある人達が揃っていると、時折、対話以上の何かが実際に生まれる」と指摘していること。カンファレンスの席上では公式見解しか述べられないが、会談日程などを悟られない環境下で各国首脳や金融機関の経営者などは非公式の意見交換を重ねるのだろう。

12時間弱のフライトがようやく到着すると、ここからも遠い。ダボスはチューリッヒ空港から約2時間半の山奥にある。25日以降はシャトルバスも出るそうだが、1日早く到着した僕達YGL(Young Global Leaders)たちは、電車を3本乗り継いで向かうしかない。

20時13分発の列車のチケットを買おうと並んでいると、知っている顔が1人、2人といて、そこから派生して7名の小さな集団で電車に乗り込んだ。4人ずつ向かい合う席に座って、皆でお喋りしながら向かう。

若干33歳でイェール大学の正教授になったロシア人のエコノミストは、「イェール大学の名物教授陣にかけあって、今年の秋に2日間だけYGL向けの集中特訓プログラムをやることになったから、皆で来てよ」と誘ってくれる。3月から美人の奥さんとともに3ヶ月間来日し、日本銀行に籍を置いて研究を行うとのことで、日本についてよく勉強していた。

「日本のサラリーマンのような生活を体験したいのだが、どうすればいいか?」

そう聞かれて、返答に困る。まずは満員電車に乗ってみて、仕事が終わったら居酒屋で上司の悪口でも交わして、カラオケに行ってネクタイをおでこに鉢巻しながら歌ったりすればいいのだろうか?

すると、中東系のエキゾチックな顔立ちのアメリカ人女性映画監督が、いま撮影しているドキュメンタリーを皆に見せたいといってノートPCを開く。インドにある “Barefoot College(裸足の大学)”というNGOが主催で、ヨルダンやケニヤ、インドの貧しい村から女性を招聘して、ソーラー発電の機器と技術を授ける、という内容。

読み書きもままならず、4人の子供を抱えながら夫は家にいないヨルダン人女性が、「私も勉強して、働けるようになりたい。もう家にいて水タバコを吸っているだけの生活はコリゴリ」と行って、夫や義母の反対を押し切ってインドに「留学」する。互いに言葉も十分に通じないが、女性たちはお互いに通じ合って、共に学び、夜は笑って歌って踊ったりして半年間を過ごす。とてもいい内容なのだが、電車の中で見ていたら乗り物酔いしそうになってしまった。

少しおとなしくしていると、クリーン・エネルギーではなく、原油などの「ダーティ・エネルギー」を浄化する装置を発案して最近2,500万ドル(約30億円)の資金調達に成功したというスペインの起業家に議論をふっかけられる。

「教えてくれ。なぜ、日本の政治はこんなに不安定なんだい?もし選挙制度が問題だというなら、なぜそれを変えないのか?国民は問題を分かっているなら、なぜいつまでもそれを放置するのか?」

いざ答えようとすると、自分も最後まで論理的に説明できないことに気がつく。北京でコンサルティング会社をやっているオーストラリア系中国人で男性が助け舟を出してくれる。長いかと思った2時間半の鉄道の旅もあっという間に終わり、僕らはダボス・ドルフ駅に降り立った。(つづく)