電波オークションの導入について (2/3) オークションのメリット・効果 - 鬼木甫

寄稿

大阪大学名誉教授 (株)情報経済研究所

前稿への追加

前稿で述べたオークション導入経過についてその後若干の展開が見られたので、まずこの件から記したい。すでに報道されているが総務省は、「『光の道』構想に関する基本方針」項目前段〔注1〕を受けた電波法改正を企図している。改正案内容は、「携帯電話事業者等が緊急に基地局開設を必要とする場合、総務大臣の判断によって、基地局用周波数帯の現利用者が他周波数帯に移転する費用を携帯電話事業者等に負担させる権限を総務大臣に付与すること」である。しかしながらこの案は、項目前段に述べられている「オークションの考え方を取り入れた制度」という要件を満たしていない。なお同改正案は2月15日の閣議案件に入れられた旨が公表されている〔注2〕。その正確な内容は、政府提出の法律案(閣法)として国会によって公表されるはずである。同法案内容については、次稿で詳しく論じたい。
 
次に「海外の状況」について、その後の調査からOECD加盟30国のうちオークション未導入は、日本の他にアイルランド、ルクセンブルグを加えた計3国のみであることが分かった〔注3〕。両国はそれぞれ人口30万人強、50万人弱の小国で、これは日本の中都市と同じ人口である。この程度の規模では手間・費用が大きすぎるという理由からオークションを実施できないのであろうと考えられる。結局、実質的に日本は先進国の中で唯一のオークション未実施国ということになる。


オークションのメリット――競争による産業の活性化と成長

次に、改めてなぜ「電波オークションの導入」が必要なのかを考えよう。そのためにはオークション導入のメリットとデメリットを挙げ、両者を比較考量することから始める人が多いかもしれない。実は海外の先進国ではこの種の議論は2000年代初めに終わっており、メリットとデメリットの比較というより、オークションのメリットが圧倒的に大きいという結論になっている。またそうでなければ、ほとんどすべての海外先進国と多数の中進国・新興国がオークション導入に踏み切っている事実を説明できない。

周波数帯を営利目的利用のために割り当てる際にオークションによって利用者を選ぶ(無線局免許を発行する)べき基本的な理由は、電波が稀少資源になり、経済価値が生じているからである。現在のように政府裁量(比較審査)によって免許を発行するのは、たとえば国有地の払い下げにおいて入札を実施せず、複数の払い下げ希望者に対して政府が直接にその経営内容等を審査して払い下げ先を決定し、市価よりもはるかに低い名目的使用料のみを徴収することに類似する。もし政府がこのような国有地払い下げを実施すれば、強い非難が湧き起こるであろう。電波についてもこれと同じであり、土地と同じように複数の希望者がいる場合は入札によって免許を発行し、代価を徴収するのが市場経済の常識である。まして現在問題になっている700/900MHz帯は「プラチナ周波数帯」と呼ばれ、銀座の一等地に相当する電波資源であり、従来方式による割当には重大な問題が残る。

ではなぜ従来においてオークションが採用されず、政府が免許を発行していたのかという疑問が生ずるかもしれない。その理由は、最近まで電波不足の事態に立ち至らず、無線局免許は「申請すればもらえる」状態にあったからである。電波が本格的に稀少資源になったのは、1980年代後半以降の携帯電話の急速普及の結果である。

電波が潤沢に利用できた時代には、どんなに有用な電波でもその経済的価値はゼロである。(もとより電波の「利用」価値はゼロではない。空気や水と同じである。)オークションなどの市場機構は不必要であり、電波利用のための免許を無料で与えても問題は生じない。この時期の無線局免許は、通信妨害の防止など電波利用の規律を守るために存在した。

しかしながら電波不足の時代が終わり、電波に(利用価値だけでなく)市場価値が生じたことによって、政府による免許の直接割当に矛盾が生じたのである。日本で電波オークションの採用が遅れたことは、日本で電波不足という新しい事態への対応が遅れたことを意味している。

オークションの生産性効果と所得効果

オークションのメリットについて海外の先進国ではすでに議論が終わっていると述べたが、読者の便宜のために一覧表にまとめておこう。図1を参照されたい。

政府直接割当(比較審査)と比較したオークション導入の効果(メリット)は、技術・サービス開発の促進、経営効率・行政効率の増大など「生産性の全面的向上による産業成長(生産性効果)」と、国民の各階層に及ぼす「所得再配分(所得効果)」に区別できる。またそれぞれについて、「オークション導入直後の効果(短期効果、オークション・ショック)」と、長期にわたって継続的・累積的に作用する「長期効果」を考えることができる。図1の項目1.~4. は主に生産性効果、項目5. は所得効果を示している。項目ごとの説明は省略するが、大略以下のようにまとめることができる。(携帯電話用周波数帯の場合で述べる。)

まずオークション導入により、短期的には従前と比較してオークション落札金額が携帯事業者から政府に移転される。その金額は、携帯事業者と加入者が負担することになる(項目2a, 4a)。携帯事業者側では、たとえば利潤の減少と投資の繰延べ、社員給料の低下、納入品・納入サービス価格の低下が発生する。他方加入者側では利用代価が上昇するだろう。これら要因の間で負担割合がどのように決まるかは、経済理論で言う需要・供給の弾力性に依存し、単純な結論を出すことはできない〔注4〕。しかしながらもし政府がオークション収入をすべて減税に充てれば、加入者・消費者全体は携帯電話代価増大を上回る減税、すなわち差し引きでの所得増大の恩恵を受けることになる。これが短期的所得効果である。

もし利潤要因が非弾力的(受動的)であり、オークション所得効果の大部分を吸収するのであれば(この仮説自体検証が必要である)、オークションは加入者価格・サービスに影響を及ぼさないとする結論が成立するかもしれない。この議論を吟味するため、逆方向の変化、すなわちオークション割当から政府直接割当に(逆)移行した場合を考えてみよう(非現実的だが)。この場合事業者は、節約できたオークション代金を余剰資金として入手することになるが、これをどのように支出するであろうか。携帯電話市場が寡占状態にあり、市場で価格・サービス競争が行われていれば、余剰資金の一部を価格引下に投入してシェア増大を図るのではないだろうか。この場合、加入者は逆移行から携帯電話の価格低下を享受することになる。つまりオークション導入と廃止の効果が対称的であるかぎり、オークション導入は、加入者価格の上昇をもたらすことになる。

次にオークションの導入は、長期的に事業者や政府当局の行動パターンを(望ましい方向、すなわち生産性を上昇させる方向に)変える(図1の項目の大部分がこれに対応する)。これまで周波数帯を入手することを第1目標にしていた既存事業者は、オークションに勝つための収益を上げることに重点目標を移す。そのためには消費者(加入者)の求めに応ずる製品・サービスをなるべく安価に供給する必要があり、技術・サービス開発、サポート、営業など事業体の全活動がそのことに向けられる。政府当局の仕事は、事業者を自由に競争させること、公平・公正競争環境を維持することになる。これがオークションのもたらす「生産性効果」である。

この効果は、短期的には目立たないかもしれない。しかし長期的には効率向上が累積され、産業の成長、加入者便益の増大として実現される。この長期的な生産性効果が、オークション導入を正当化する最大の理由である。逆に政府の直接計画・統制が長期にわたって続くと、そのマイナス効果が累積する〔注5〕。日本で既存事業者を除く民間からの自生的な技術開発効果が少ないことの理由は、電波の政府直接割当が続いて新規参入機会を奪ったことにあると考えられる〔注6〕。

オークション導入による長期的な生産性効果は短期の所得効果を大きく上回るので、導入によって生じた加入者の負担増加は、実際上大きな問題にならない。携帯電話第3世代(3G)のために2000年代初めに英・独で導入されたオークションが巨額の落札額を生じ、日本ではそのマイナス効果が強調された。しかしながら10年近く経過した今日、英・独の3Gサービスが、同時期に3Gオークションを実施したイタリア、スイス、オランダ等と比べて大きく劣るという結果は見出せないようである〔注7〕。これらの国では、落札額の高低にかかわらず加入者がオークション導入の生産性効果をフルに享受しているものと考えられる。

オークションのメリットとして、図1の1.d(退出の自由)、2.c(新陳代謝)として挙げた項目は言及されることが少ないが、重要なポイントを含んでいるので特に説明しておきたい。営利ビジネスだけでなく何事でも、新しい試みには失敗がつきものである。われわれがよく知っているように、新しい物事は「試行錯誤」から生まれる。失敗を恐れて新規の試行を避ければ、得られる結果は停滞と閉塞状況である。つまり経済の成長やビジネスの発展には、その「副産物」として失敗ケースが必ず生じることになる。失敗プロジェクト、失敗ビジネスの処理は、経済成長にとって最重要事項の1つである。

一般のビジネスの場合、失敗は店舗撤退や工場閉鎖の形で処理される。街を歩いて気付くことだが、コンビニ店舗の新規開店や閉鎖が頻繁に見られる。個別ケースを見るだけでは、「コンビニ業界における競争の激しさ」だけが印象に残るかもしれない。しかしながら産業全体を長期的に見れば、このような激しい競争が「コンビニ業界」を発展・充実させてきたことに気付く。現在ではどのコンビニ店に入っても清潔で商品棚はよく整理されており、限られたスペースを活用して客の要求を最大公約数的に満足するように商品が陳列され、かつ頻繁に入れ替えられている。店員は例外なくよく訓練されており、親切で接客態度も好感が持てる。またコンビニは長時間開店され、消費者からの不時の必要に応えている〔注8〕。

もし政府が自由な競争を否定し、コンビニ店の起廃業や営業内容を直接に監督・決定していたならば、現在のようなコンビニ産業の隆盛は到底望めなかったであろう。もとより自由な参入・退出が実現しているのは、コンビニ店が市場経済の枠組みの中で「立地」され、競争環境におかれているからである。

他方現在の電波利用事業のように、政府が無線局免許を裁量的に割り当てる状態ではこのプロセスが働かない。市場価格を徴収しないので、電波利用免許を受けることは大きな特権である。免許を持つ事業者は事業が成功しようとあるいは失敗しようと、一旦受けた免許を自主的に返納する誘因を持っていない。政府の側でも、失敗に終わった電波事業に与えた免許を取り戻すことには抵抗が大きい。第1に、当初免許を与えた際の(比較)審査の誤りを認めることになるからである。第2に、事業の失敗・成功の境界は明確でなく、中間ケースが多い。そのどこまでを失敗と判断して免許を返納させ、どこから先を望みありとして免許を保有させるかの決定は難しく、したがって免許返納を強いられる事業者からの抵抗も大きい。その結果、失敗とまでは言えないまでも大きな成功ではなく、他により有望なビジネスが潜在的に存在する電波利用についても、無線局免許が残ってしまう。これを長期的に見れば、電波利用の効率を大きく引き下げることになる。

このようにビジネスの新陳代謝の点で、比較審査による免許発行は致命的な欠陥を持っている。事業の成功や失敗は、事前・事後の区別なく当のビジネスを遂行している経営者や出資者が判断し、対処すべきことであって、政府が判断・対処できることではない。市場経済の枠組みの合理性、つまり電波の代価を支払って競争的に無線局免許を取得する「電波オークション」が合理的であること、そして電波を利用する事業の発展のために最良の方式であることが、この点だけからも明らかであろう。

オークション導入と個別利害

先のタスクフォース会合で通信事業者からヒアリングがおこなわれたが、足並み揃えて「電波オークションは事業者の体力を弱め、投資の足を引っ張るので反対」であったと報じられている。また多数の人から、「当事者が反対しているのに、なぜあえてオークションを導入するのか」という疑問が出される。このことに対する答えは、「オークション導入の短期的所得効果は事業者の(短期的)利害に反するが、加入者(国民)全体の長期的生産性効果がより重要であるから」ということになる。

一般に経済的側面からする企業・個人の目標は、利潤・所得の増大とその確保にある。(もとより企業活動・個人生活のすべてがそうであると言っているのではない――念のため。)そのための近道の1つは、企業・個人がその所得の源泉(生産物・サービスや労働)について独占的地位を確立し、他からの競争を排除して高利潤・高所得を実現することである。つまり経済活動の1つの側面は、独占的地位の希求と競争の忌避にあると言ってよい。これは善悪の問題ではなく、経済活動に従事する企業・個人の天性・本能とも言うべき事柄である。(不当競争手段から生ずる産業内での独占的地位の取得、つまり独占禁止法が適用される行為とは別のことである――念のため。)

もとより実際には、独占的地位を望み、競争を避けようと願っても、結果がそのとおりにならないことも多い。先に述べたコンビニ産業はその典型ケースである。したがって現実の状態は、それぞれの企業・個人が競争に曝され、厳しい環境に置かれながらも、自身の経済的地位を確立すべく独占・競争排除への希求を持ち続け、あらゆる機会を捉え手段を用いてこれを達成しようとしている、と言うことができる。(繰り返しになるが、ここでこのような行動が悪いとか、なすべきことではないとか言っているのではなく、経済活動の必然の結果であることを主張している。たとえば動物にとっての食欲など生理現象に類似することである――念のため。)

オークションの導入は、既存の通信事業者にとって、これまで電波の政府直接割当の結果確保してきた独占的地位を失い、またオークション代金の支払いによって収入が減少することを意味する。もとより事業者としては強く反対すべきことである。(もし通信事業者の代表がヒアリングに際してオークション導入賛成と答えた場合は、企業利益の毀損という理由で株主訴訟に持ち込まれるかもしれない。)つまり、既存事業者からオークション導入についての賛否をヒアリングすること自体がほとんど無意味である(当初から反対という答えが分かっている)と言ってもよい。

もとよりオークション導入が望ましいのは、既存通信事業者の(短期的)利益のためでなく、国民全体あるいは社会経済全体の長期的利益、すなわち生産性効果による成長・発展のためである。したがってオークション導入の可否を突き詰めて考えれば、既存事業者の利害と国民全体の利害が相反するとき、政府に与えられた行政権限の行使の目的として、そのどちらを取るかという問題になる。別言すれば、「全体利害と部分利害が矛盾する際の行動方針」である。

全体と部分の利害の問題について一般的な答えを出すことはできない。しかしながら電波オークション導入について、「国民全体の利益を損じても既存事業者の利益を優先すべき」と答える人は、既存事業者自身に加え、その直接の利害関係者、すなわち国民全体のごく一部にすぎないであろう。

しかしながら、オークション導入の生産性効果は国民全体にとって「広くかつ薄く拡がる受益」であり、また「今すぐ手に入る受益でなく、長期にわたって少しずつ受取る受益」という性格を持っている。一般の国民がその利点を認識することは困難であり、この理由からオークション導入推進の流れが実現するのに時間がかかったのであろう。また日本では、(地上)放送業界が電波利権を持ち、しかも(不幸にも)歴史的な理由から新聞業界と放送業界の利害が融合していたため、電波オークションに関するニュースが国民に届かず、理解が遅れたという事情がある。加えて、行政権限を持つ政府当局が、これまで国民全体の利益よりも既存通信事業者の利益を優先する体質を持っていた点も指摘できる。

より大きな観点からすれば、「全体の利益よりも部分の利益を優先させる」社会・経済は、結局自らの体力(経済力)を弱め、国民全体の経済水準を引き下げてしまう。もとより最近の日本経済の不振は通信分野だけでなく、経済全般にわたる事柄から生じている。しかしながら、情報通信分野は経済全体の中で成長ポテンシャルの高い分野であり、とりわけ無線ブロードバンドは急速成長が期待されている。電波オークションの早期導入によって、この分野の生産性を長期的に高めることが強く望まれる。
(鬼木甫)

続稿予定項目:
既存電波利用者の移転と700/900MHz周波数帯の問題について/今後の方向

注:
1. 前稿「まえがき」を参照:

2.首相官邸ホームページ『閣議案件』「平成23年2月15日(火)定例閣議案件」

3.鬼木甫「海外諸国における電波オークションの導入と落札価格」、 「海外諸国におけるオークション導入状況」

4. 各要因に及ぼすオークションの短期的・長期的影響を推定するためには、それぞれについて「経済モデル」を作り、データを用いてモデルのパラメターを計測し、その上でモデルによる現実のシミュレーションを実行する必要がある。これは、計量経済学分野の専門家の仕事である。(博士論文の格好のテーマ候補だろう。)

5.情報通信分野だけでなく、経済の各分野でこのことが半世紀を超えて続けた結果を、現在の北朝鮮の経済に見ることができる。

6. その1例として、最近の「ホワイト・スペース」利用の方向が日米間で大きく異なっている事実を挙げたい。米国では、かねてから主張されてきた「電波のコモンズ利用による効率性の大幅向上」に向けての作業が進んでいる(成否はまだ不明だが)のに対し、日本ではホワイト・スペース名目の下で実体は「ワンセグ」など既存技術の流用に留まっている(電波利用効率が低い)ように見える。

7.正確にはこのこともデータによる専門的検証が必要である。

8.最近ではコンビニ店の大部分にトイレが設置されて、街を歩く人々の助けになっている。
筆者はニューヨークやロンドンなど海外の大都会を歩いてトイレを見つけるのに苦労した記憶があるが、現在の日本の街ではこの心配は要らない。街の「安全」と並んで、観光立国日本の目玉にしてもよいのではないだろうか。

(鬼木甫)