ダボス会議体験談 (6)

岩瀬 大輔

全身ホッカイロ男

 2010年1月27日、ダボス会議2日目。朝7時半過ぎ、本会議場のシャトルバス乗り場で待っていると、テレビカメラを肩に担いだ男性クルーとマイクを手にした女性リポーターに声をかけられた。

「寒いですね、早朝のダボスは。」

「そうですね。こうだろうなと思って、日本特製のカイロをたくさん持ってきて、背中とお腹、更に両太腿にも貼っています。知ってます?ホッカイロ。」

 女性記者は好奇心溢れる目で僕の方を見た。


「え。何それ?!今の話、面白いので、ちょっともう一度カメラの前でしてもらってもいいですか?」

 かくして僕は、取材に来ていた欧州の金融の専門番組に、「全身ホッカイロの男」として出演することになった。実際に映像が使われたかどうかは、不明だが。

「商業の歴史」

 前の晩のディナーは少人数でディスカッションを行う「商業の歴史(History of Commerce)」を選んだ。5つのテーブルに各12名ずつ座り、ディスカッションを行う。司会役を務めるのは、「マネーの進化史」などで知られる英国スコットランド出身の大歴史家、ハーバード大のニーアル・ファーガソン教授、800年にも渡る債務危機の歴史を綴った大著「今回は違う(This Time is Different)」で話題を集めた、同じハーバード大のケネス・ロゴフ教授、政治リスク研究シンクタンク「ユーラシアグループ」の代表、イアン・ブレマー氏等5名。
 
 特に著名なハーバード大の先生方のテーブルに座りたいと15分前には到着したのだが、既に満席。やむを得ず、というのは失礼だが、同じYGL仲間でもあるイアンの隣に陣取ることにした。

 夜は、ファーガソン教授の次のような問いかけによって始まった。

「想像してみてください。もしこの世界経済フォーラムが1411年にかいさいされているとしたら、それはどこで行われていたでしょうか?それはポルトガルでもオランダでも、スペインでもなく英国でもないでしょう。

 15世紀初頭のこの当時、世界の経済及び文化の中心は、中国の南京にありました。そう、ダボス会議はおそらく南京で開かれたでしょう。そして、東洋と西洋を結ぶ都、コンスタンチノープルも栄華を極めていました。

 他方でこの当時の西洋はというと、繁栄からは程遠く、疫病と不衛生な街、そして終わることのない戦争に悩まされていました。そして、北米も豊かなアステカやインカ帝国文明と比べるとまだ大自然のままだったのです。

 しかし、この時期を境に西洋がその後追い抜かれることのない優位性を世界のほかの地域に対して築くことになりました。

 それは何故でしょう?

 私なりの解は、西洋世界が6つの「キラーアプリケーション」を手にしたからです。その6つは、競争、科学、民主主義、医学、コンシューマリズムそして労働倫理です。

 それでは今何故、この会議を通じて私たちが何度となく議論してきているように、我々は中国やインドと行った東洋世界の台頭を目の当たりにしてきているのでしょうか?中国は本当に我々が恐れているように米国を西洋世界を席巻しているのでしょうか?

 今日のディナーでは、私が掲げた6つの「キラーアプリ」を一つの参考にして頂きながら、西から東への世界の大きなパワーシフトの行方を占っていこうではありませんか」

 中国をはじめとした東洋は、再び世界の覇権を握れるのだろうか?中国は民主主義国家ではないのだから、先の6条件は修正されるべきではないか?いや、私有財産制の導入と企業家の台頭こそが今の経済成長を促したのではないか?

 「G20」ではなく、新興国が世界を牽引し、グローバル・ガバナンスが存在しない「G0(ジーゼロ)」と言われる時代の不透明さと西欧の不安さを象徴するようなディスカッションだった。

 終わってから、ファーガソン教授のところへ行って声をかけた。

 「ハーバードビジネススクール2006卒の者です。一度日本人学生で先生をお招きし、手巻き寿司と日本酒でドンチャン騒ぎをしたのを覚えていますか?」
 
 「Oh!あの時の君か。もちろん覚えているよ!あの夜を再現したいから、東京出張の際は日本のメンバーで集まろう!それで君は卒業してから、何をやってるんだい?」

 「業界の大ベテランと組んで、新しい生保会社を立ち上げました。営業職員チャネルを持たず契約者にダイレクトに保険を届ける、そう、米国でいうとGEICOのような会社です。」 

 「そうなのか。僕もリスクの引き受け手としての保険会社にはおおいに関心を持っていて、『マネーの進化史』でもかなり突っ込んで保険業界について書いてみたんだ。名刺を忘れてしまったので、君の名刺をもらってもいいかい?また連絡するから」

ロイズ会長にご挨拶

 再び翌朝。シャトルに乗り込むと、男女二人のクルーも乗り込んでくる。

 「会議場で待ち構えているより、こうやってバンに乗り込んでいる方が偶然の出逢いがありダボスらしさを体感できると気がついたのよ」

 女性のリポーターがそう話していると、次の停留所で小柄な紳士が乗り込んできた。首からぶら下がっているネームカードには「ロイズ レヴィン卿」と書かれていた。

 「失礼ですが、お名前とご所属を教えていただけますか?」

 リポーターがマイクを向けると、少しむすっとしてレヴィン卿は答えた。

 「わしは、ロイズ会長のレヴィンじゃが。ダボスには40年来ておる。」

 「それでは会長、今年は誰か強く印象に残った人に会われましたか?」

 「うーむ、今年はまだじゃな」

 英ロイズと言えば、保険業界の老舗中の老舗。ここで挨拶しておきたいと思い、カメラが回っているのも気にせず名刺を差し出した。

 「もしかしたら、私が今年の一人目かもしれません。日本でネット通販の生命保険会社、『ライフネット生命』を立ち上げました、岩瀬と申します。どうぞお見知りおきを」
 
 FTとHSBCが主催する朝食会の会場に着くと、既に壇上には中国、コロンビア、アルゼンチン、IMFそれぞれの代表、及びモデレータとしてFTの記者、スポンサーであるHSBCの幹部が議論を交わしていた。丸テーブルにあるクロワッサンに手を伸ばし、コーヒーをすすりながら、耳を傾けた。

 コロンビアの大臣は、次のように述べた。
 「ダボスを訪れているガイトナー米財務長官に言いたい。今回の量的緩和、いわゆるQE2を行った結果、我々新興国では1年のバブルを作り出すことはできるだろう。しかし、それが弾けた後、我々は回復するまで4年間を失うことになる。そのようなことを理解しているのだろうか」

 HSBCの幹部が続ける。

 「まぁ、米国が量的緩和をしたとしても、我々は新興国に対しては慎重に機会を待っているという態度で、実質的には量的引き締めを行うことになりますが」

 IMF高官が続けて述べた。

 「新興国も自国の経済を安定化させるために必要な他の手段を使い尽くしたら、ブラジルのように短期資本流入規制も考えるべき手の一つであると思う」

 かつてあれだけマハティールを批判した欧米の人間が、このように資本規制を容認する発言をするようになったことは、新しい時代が訪れたことを象徴しているように思えた。そこから議論は中東、北アフリカにおける若者の高失業率が孕むリスク、及び世界的なインフレ懸念、ヨーロッパの債務危機へと進んだ。

 朝食会が終わり、本会議場まで徒歩で向かうことにした。

(つづく)