政府支出と物価に相関はないのか

小黒 一正

いま、政府支出と物価に相関があるか否かを巡って論争が起こっている(少々大袈裟)。


というのは、週刊ダイヤモンド(2011年2月19日号)の特集「財政赤字 本当の恐ろしさ 五つの誤解を検証する」(監修・野口悠紀雄・早大教授)は、「インフレになれば財政収支は改善する」という主張は誤解であると説明した。その一つの理由は、政府支出と物価(例:GDPデフレータ)には正の相関があり、インフレ時では歳出も膨らみ、財政収支が改善するとは限らないからである。

しかし、高橋洋一・嘉悦大教授は、ダイヤモンドONLINEの記事(2011年2月24日)で、「歳出(政府支出)は…GDPデフレータ(物価)との相関はない」と否定している。どちらの見解が正しいのだろうか。

この論争の決着には、学術的な検証が必要であることはいうまでもないが、ここでは簡単に公表データ(SNAデータや人口統計データ等)を利用して考察してみよう。

まず、横軸に「GDPデフレータ」、縦軸に政府の「名目支出」をプロットしたものが、図表1である。ただし、どちらの値も1981年の値を1に基準化した。

図表1:名目支出とGDPデフレータとの関係(1981年度-2009年度)

この図表をみると、確かに高橋教授の主張のとおり、名目支出とGDPデフレータとの間には正の相関はないように思える。むしろ、この図表の回帰直線の説明力は、ほぼゼロで、無の相関をもっていそうである。

だが、この図表の見方には注意が必要である。というのは、図表1のプロット点には相当のバラツキがあり、「逆くの字」型をしているからである。

この原因の一つの可能性は、現在、政府支出の膨張要因となっている社会保障予算(年金・医療・介護)の影響を考慮していないからと考えられる。とくに1990年代後半以降は、デフレ基調が継続する一方で、社会保障予算は毎年1兆円程度のスピードで膨張してきたからである。他方で、歳出を構成する年金や公務員給与、公共事業などの単価もある程度は物価の影響を受けていると考えるのも自然であろう。

そこで、まず初めに、名目支出を縦軸、65歳以上の人口を横軸にプロットしたものが、以下の図表2である。次に、名目支出をGDPデフレータで実質化した「実質支出」(つまり、名目支出÷GDPデフレータ)を縦軸、65歳以上の人口を横軸にプロットしてみたものが、その下の図表3である。なお、これらのどの値も1981年の値を1に基準化した。

図表2:名目支出と65歳以上人口との関係(1981年度-2009年度)

図表3:実質支出と65歳以上人口との関係(1981年度-2009年度)

図表2と図表3をみると、名目支出や実質支出の伸びのほとんどが65歳以上人口の伸びで説明できることが分かる。このことは、いまの財政が社会保障予算の膨張で危機に陥っている点を考えれば、そもそも驚くに値しない自然な結果であろう。

しかも、図表2の回帰直線の説明力は93%に過ぎないが、図表3の回帰直線の説明力は99%以上もあり、極めて当てはまりがよい。なお、2004年の年金改革では物価スライドが廃止され、マクロ経済スライドが導入された。このため、図表3の回帰直線とデータに1%未満の誤差がある理由は、公共事業や年金などの歳出改革の成果の可能性があるが、それも1%未満の誤差の問題である。

いずれにせよ、むしろ重要な点は、図表3の回帰直線が妥当であるならば、以下の関係式が成り立つということである。


実質支出 = 定数 + 係数×65歳以上人口 …(1)式

他方で、「名目支出=実質支出×GDPデフレータ」である。だから、(1)式の両辺に「GDPデフレータ」を掛けると、以下の関係式を得る。

名目支出 =( 定数 + 係数×65歳以上人口 )×GDPデフレータ …(2)式

この(2)式は、政府支出と物価に正の相関がある可能性を示唆する。

以上は簡単な考察であるから、論争に決着をつけるには、長期時系列データによる実証分析が必要であろう。政府支出と物価の相関に関する今後の検証が期待される。

(小黒一正 – 一橋大学経済研究所准教授)