エジプトのムバラク前大統領が心臓発作で倒れ、病院の集中治療室に運び込まれた。BBCが報じる所では土曜日に検察当局の取り調べを受け、其の後食べ物にも、飲み物にも一切手を付けていないらしい。
ムバラク前大統領の二人の息子も既に検察の取り調べを受けており、ここに来て中東政府高官夫人では珍しい、最高のインテリで評判も高かったスーザン夫人に対する疑惑も出てきている。ムバラク前大統領一族が四面楚歌の状況である事は疑いない。
問題なのは、長期独裁の負の遺産は確かにあるにせよ、キャンプ・デービッド合意は細くて棘の道であるにせよ、中東和平に至る唯一の可能性であり、その立役者であるムバラク前大統領不在を埋める人物が見当たらない事である。
危惧した通り、唯一の調停役ムバラク前大統領を欠いた今、パレスチナ問題はブレーキの壊れた自動車の様に暴走しようとしている。イスラエルによるカザへの地上軍進行は秒読みではないかと危惧する。
毀誉褒貶はあるにせよ、中東和平に貢献して来たアメリカのプレゼンスが、ムバラク前大統領を結果見捨てる事となり喪失してしまったのではないか?
そして、リビアに於けるフランスイギリスの積極的な関与に比較してアメリカの煮え切らない態度がこの疑念を膨らましている。
アメリカの重しが外れかけてる今、バーレーンを筆頭にサウジ等の湾岸諸国では石油利権を筆頭に既得権益を握るスンニ派に対し抑圧されて来たシーア派が市民運動に名を借りて激しい抵抗運動を繰り広げている。
背後にイランの存在がある事は明らかだ。サウジ他王国の王様達はアメリカに対し不信を募らせながらも、アメリカの庇護がなくなれば王国の維持は不可能だと理解しており、さぞかし眠れぬ夜を過ごしている事であろう。
全エネルギーの50%を石油に頼り、石油の90%をサウジ、UAEなど湾岸産油国に依存する日本に取ってもこの事は当たり前の話として対岸の火事では済まされない。
このまま行けば、オイルショックの可能性は高く、被害は今回の東北震災の比ではない。日本全土がオイルショックと言う名の巨大津波に飲み込まれるからである。
それでは、オバマ政権の中東に対する冷淡さは一体どこから来ているのであろうか?
先ず思いつくのは、前政権ブッシュ時代に余りに中東に前のめりに突っ込み、結果多くの戦死者を出し、アメリカ経済を悪化させた反省、反動があると思う。
露骨に言えば、中東はもうこりごりと言う所ではないか?
そして、本質的な点を言えば、飽く迄推測であるが、石油の中東依存を弱め、二酸化炭素を排出しない原発を次代のエネルギー政策の屋台骨に置こうとしているのではないか?
先ずはアメリカの電力事情を観てみよう。石炭の埋蔵に恵まれており、結果石炭火力が発電の中核となっている。従って、発電に関する限り中東の地政学的リスクは微々たるものであり、寧ろ電力政策に於ける目下の急務は二酸化炭素削減であると判断する。
http://d.hatena.ne.jp/Chakoando/20110121/1295675342
アメリカの問題はエネルギー消費の20%を占めると言う輸送の部分ではないだろうか?当たり前の話だが、ガソリンエンジンであれジーゼルであれ石油を消費する事に変わりはない。
先に述べた、中東に於ける地政学的リスクの高まり、アフリカ産油国に於ける軍事政権による石油鉱区の国有化、そして近隣の産油国ベネズエラの反米路線を考慮すれば、脱石油を国家安全保障の基軸にする事は充分考えられる。
具体的には;
先ず、自動車は可能な限り電気自動車(EV)に代える。
次いで、電気自動車(EV)による新たな電力需要は原発の新規建設とスマートグリッドによる節電で補う。
これにより、アメリカ経済に取って重い十字架である、二酸化炭素削減問題もかなり改善する筈である。
悲惨極まりない福島原発事故の当事者である日本が、脱原発に舵を切る事は、国民感情から言っても極めて当然の話である。
しかしながら、今一方の事実として日本はその安全保障の軸足を日米同盟に置いている。従って、安全保障の中核をなすエネルギー政策、電力政策に於いては、可能な限りアメリカと協調すべきである事をを忘れてはならない。
政治主導とは、今回日本が直面するこの相容れない2つのテーマの得失を冷静に分析し、日本の進むべき道を策定し、国民に示し、リーダーシップの下、国民を引っ張って行く事の筈である。
山口 巌