技術からアートへ - 『スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション』

池田 信夫

スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション―人生・仕事・世界を変える7つの法則
著者:カーマイン・ガロ
販売元:日経BP社
(2011-06-30)
販売元:Amazon.co.jp
★★★☆☆


イノベーションを実現することは日本の企業経営者の夢だろうが、彼らが本書を読んでも、残念ながらその秘訣はわからない。ここに書いてあるのは、ビジネス本によくある結果論の羅列だからである。たとえば「法則1」の「大好きなことをする」というまねをしても、あなたがiPadを生み出すことはできない。しかし本書から、何をしてはいけないかを学ぶことはできる。

  • イノベーションは技術革新ではない:アップルの製品に画期的な特許はほとんど含まれていない。ハードウェアは中国製だ。問題は要素技術ではないのだ。

  • コンセンサスによってイノベーションは生まれない:ジョブズは絶対的な独裁者であり、アップルの意思決定は徹底的なトップダウンである。
  • 多角化でイノベーションは生まれない:アップルの製品は、たった5種類。ジョブズが復帰したときは35種類あった製品のほとんどを捨てたのだ。

本書に書かれているジョブズの行動様式は、企業経営者というよりアーティストに近い。それは現在のITの中核がソフトウェアだからである。電子技術で大事なのは同じ品質の製品を正確に大量生産する信頼性だが、ソフトウェアはすぐれた作品を一つ作るアートに近い。日本の企業のようにいろいろな人の利害調整をしていては、アートはできない。ゴッホとセザンヌがいかに天才でも、彼らの合作した絵は見るに耐えないだろう。

アートにとって重要なのは意味であり、イノベーションを広めるためには魅力的な物語が必要だ。たとえばジョブズは、iPadのプレゼンテーションでステージにソファを置き、そこに座って操作して見せた。コンピュータは今までは机の前で仕事するための機械だったが、これからはリビングルームでくつろぐとき使うのだ、という物語を語った。人々は、そういう物語や夢を買うのだ。

本書はハウツー本としては役に立たないが、日本の会社がなぜだめになったかを理解する材料にはなるだろう。