アップルの成功は「固定価格全量買取り」で実現したのか

大西 宏

アップルのもつ現金と有価証券の総額が6月末時点で762億ドルとなり、米政府の現金残高738億ドルを超えたという記事がありました。
CNN.co.jp:米アップル、現金残高で米政府を上回る :

与党・民主党と共和党とのチキンレースで、政局の行方によっては債務不履行が起こりかねない米政府の懐具合と比べることは両者の明暗を象徴するようで話題になるのも無理からぬ話ですが、もともと低成長、低収益に苦しむ日本の多くの企業が、震災でさらにサプライチェーンに打撃を受け、赤字となったことと比べても、なにか別世界で起こっている話のようにも感じてしまいます。


現在の為替レートでは、アップルのもつキャッシュは、およそ5兆9千億円です。昨年の9月期決算での年間売上高の5兆円(652億ドル)を上回り、アップルがいかに潤沢な資金を持っているかがわかります。

アップルが豊かなキャッシュを持っているにもかかわらずほとんでM&Aも行わず、ひたすらキャッシュを増やし続けていることは、これまでも話題となり、昨年ブログでもとりあげました。
アップルはそんなに資金をためこんでなにを狙っているのだろう

さて、アップルの手持ちキャッシュが増え続けていることは、とりもなおさず、高い成長性と収益性のどちらをも維持し、しかも経営に関しては極めて慎重だということを物語っています。

収益性では、アップルの昨年度の決算では営業利益率が28.2%でしたが、直近の四半期決算では32.8%でした。

アップルが、この資金をなにに使うのか、時価総額2兆円のSONY買収だろうか、あるいは任天堂か、はたまた推定時価総額500億ドルのFacebookかと想像することも面白いとしても、それよりも重要なことはiMac、iPod、iPhone、iPadなど、エレクトロニクス製品を抱えながら高い利益率を保つビジネスをアップルが実現していることです。

もちろんリアルとオンラインの直営店をもっていること、またiTunes StoreやApp Storeなどのプラットフォームで手数料が得られるとしても、ハードでも桁外れの高い利益を得ていることがわかります。さらに2011年第3四半期の売上高は前年同期のなんと82.0%増です。

もちろん企業が永遠に強みを維持し、成長し続けることは決して容易ではありません。アップルにもやがて限界がくるかもしれないし、ユーザーが価値を感じなくなれば成長力も収益力も失うのでしょうが、アップルから学ぶことは多いはずです。

この手持ちのキャッシュが生まれてきた背景には、アップルはイノベーションに経営の基軸を置いており、それに成功していることがあります。
だから、きっと大きなイノベーションを生むことにつながるチャンスと出会わなければ、アップルはこのキャッシュを使わないでしょう。

そして、重要なのはアップルのイノベーションに対する考え方が、日本に限らず多くの製造業が考えるイノベーションとは異なっていることです。

製造業の多くは、機能や性能での画期的な技術が生まれることをイノベーションの目標と考えています。またマスコミなどでももっぱらイノベーションの関心事は「新しい画期的な技術」です。ユーザーにとっての価値がどうかよりも、たとえば、3Dの画像が再現できる技術にイノベーションの関心が向いているのです。

アップルはユーザーにとって新しい体験や価値を生み出すことをイノベーションの目標としています。技術のイノベーションは、それを実現するための鍵であっても、それよりも上位にイノベーションの目標を置いていることを感じます。つまり目標として置いているハードルの高さが違うのです。

だから、アップルは1000のイノベーションにNOをつきつけ、絞りに絞ったイノベーションに、資源をつぎ込んでいます。ある意味で、アップルの経営は堅実さを感じさせます。

いくら技術イノベーションを起こしても、ユーザーにとっての価値に革命を起こさない限りそれが付加価値になるとは限りません。付加価値にならないばかりか、またそれにキャッチアップしてくる企業との競争で、奈落に落ちるように価格が下落していきます。

日本企業を抜き世界市場を席巻したサムスンも、次第にに収益力を落とし始めています。薄型テレビも、半導体も厳しく、スマートフォンが伸びているとはいえ、ハードを売るだけしかできないために、アップルとは収益性では比較になりません。

さて、日本は、福島第一原発事故によって、原発を無条件で稼働させることが困難となり、それに変わるか、あるいは補うのは短期的には火力ですが、資源価格問題、資源の安定確保、また環境問題を潜在的に抱えており、エネルギー分野でイノベーションが求められるようになりました。またそのことが国民的なコンセンサスともなってきています。

しかし、そのためにでてきた再生可能エネルギー法案には違和感があります。またイノベーションをモノの視点、技術の視点からしか見ず、とくに量産すればコストが下がるということに支えられた発想の域をでたものでないからです。

とくに冷静な議論もなく、やれ本命は太陽光だ、やれ風力だと騒いでいる姿は、日本のエレクトロニクス産業で技術や品質が世界一だと騒ぎ、結局は敗北していった姿と似ています。技術に対する見方が近視眼的だと感じるのです。

とくにこの再生可能エネルギー法案は、池田信夫さんが批判するように、「再生可能エネルギー業界を生かすも殺すも経産省のさじ加減ひとつ」になります。計画経済、社会主義的な政策からはインフラとして頼れるビジネスとして育つ知恵も、競争力も生まれてきません。
再生可能エネルギー法案に反対する : アゴラ – ライブドアブログ :
どのような技術、どのようなシステム、あるいはどのようなビジネスがいいかは、ユーザーが最終的に選択していくことであり、また市場が淘汰していくことであって、政治家や官僚が決めることではありません。

短期的に、あるいは中期的に全量固定料金制度を、この分野への参入を促進するために導入したとしても、さまざまな技術やビジネスの間で競争原理を働かせる仕掛けがなければ、本来のイノベーションは生まれてこないのです。
原子力政策で失敗した経産省に主導権を与え、また新たな失敗を重ねさせる法案は望ましくありません。
政治家や官僚主導で、アップルのようなサクセス企業、あるいは産業を生み出した実績があれば別ですが。