総合的な長期エネルギー政策

松本 徹三

これは何もエネルギー政策に限ったことではなく、何事においてもそうなのだが、「長期的、本質的な視点(ビジョン)」と、「現実的な視点」の両方に立脚していなければ、正しい政策とは言えない。また、何れの場合も、技術的側面と経済的側面が、プロフェッショナルに、且つ冷静に検証されていなければならないのは当然だ。


ところが、人間は、ビジョンを語るとしばしば現実を忘れ、現実を語るとしばしばビジョンを忘れてしまう傾向がある。迅速な行動を志すと検証がおろそかになり、検証を重視すると行動が遅れる。国の舵取りをしようとする人達がこの事を自戒して、常にバランスをとるように心掛けるべきは当然だが、我々一般国民も、一方的な見方に偏ることなく、為政者の言動を厳しく監視していくべきだ。

「脱原発依存」と「自然エネルギーの拡大」が長期目標であることには、現時点では誰も異論を差し挟まないだろう。しかし、この長期目標と矛盾することなく、短期的、中期的な施策を決めるのは、そう易しい事ではない。円高に喘ぐ産業界に「エネルギーコストの高騰」という追い討ちをかけるのは、日本にとっては自殺行為に等しいし、ぎりぎりの線まで来ている財政危機の中で、補助金をばら撒くことは、どう考えてみてももう出来ないからだ。

自然エネルギー、とりわけ太陽光発電に対する批判の原点は、それが高コストである事に尽きる。だから、これを性急に拡大しようとすれば、そのツケは、「電気代の高騰」或いは「財政負担の増大」という形で国民に廻ってくることが警告されている。こういう批判や警告があるのは当然のことだ。

しかし、長期的に見るなら、太陽光発電の場合は、その他の自然エネルギー、水力、風力、地熱、波動などと異なり、半導体技術がベースなので、技術革新によって画期的な低コスト化が実現出来る可能性がある。「40円/KWh」と言われている現状を、「10円/KWh」に近い線まで引き下げることを目標にするような、まさに「画期的な」低コスト化だ。

半導体産業の現状を或る程度知っている人達は、この様な話を「夢物語」と一笑するかもしれない。しかし、それは、現実にこの日本で、既に多くの技術者を巻き込んで水面下で進んでいる、雄大な構想に基づく「総合的な研究開発の蓄積」の実態を知らないからだ。

ゲート絶縁膜の薄膜化と寸法の微細化だけで進化してきた現在のシリコン技術が、2005年以降は完全な行き詰まり状態になっているのは事実だ。インテル社の資料を見ると、1990年には数十メガヘルツでしかなかったプロセッサーの動作速度は、15年間で遂にその約100倍の「最大3.8ギガヘルツ」を達成するまでになったが、そこで「完全な頭打ち」になってしまい、その後5年以上を経た現時点でも、突破口は見出されていない。

しかし、何故頭打ちになってしまっているかという、その理由は分かっているし、どうすればその壁を乗り越えられるかも分かっている。それどころか、少なくとも実験室では、その壁の殆どは既に打ち破られているのだ。

この事実は、日本の半導体産業に歴史的な転機をもたらす可能性をも秘めたものだから、私は安易に語りたくはない。「国策で太陽光発電を推進してみても、日本メーカーは結局中国メーカーにコストで対抗出来ず、最終的には中国メーカーを利するだけ」というような事を言う人達もいるので、そういうリスクに対する対応策も考えた上で、どこかの時点で具体的な提言をしたい。

だから、今日は、このような長期的なビジョンについては敢えて語らず、現実的な一つの「中間的アイデア」についてのみ提言したい。それは、海外からの(具体的にはロシアからの)「買電」である。

3.11の後、さすがに米国のオバマ政権も、原発の建設計画については大幅にペースダウンした。しかし、それなら自然エネルギーの拡大政策が強化されたかと言えば、意外にもこれも縮小されている。現状では、自然エネルギーの拡大は国の補助金なくしては実現出来ず、財政の現状がそれを許さないからだ。結果としてLPGガスによる発電計画が大幅に拡大されている。これまでは、地球温暖化対策の切り札を原発と考えてきたが、「原発は地球温暖化より恐ろしい」という世論が高まると、「地球温暖化の方がまだマシ」という考えに至ったようだ。

さて、「厳しい二者択一を回避し、曖昧な妥協に流れがちな日本人」はこれからどうするのか? 原発が嫌いな人は、大体において、「地球温暖化も許せない」と言う人達だ。しかし、一方では、雇用の創出は絶対必要だし、手厚い社会保障も譲れない。つまり、「税金も兵役も嫌だが、パンや見世物は与えてもらわなければ困る」というわけだ。それでは日本の政治家はどうかといえば、相も変わらず、「選挙に勝つ」事だけを考えている人達が力をもっている。彼等は、国民に人気の出そうな政策には飛びつくが、財政再建策は軽んじられ、具体的な増税案は一向に前に進まない。

だから、原発の削減は避けられないと分かっていても、自然エネルギーの推進に多額の補助金は出せない。原発の代替として一番手っ取り早いのは天然ガスだが、京都議定書以来のCO2削減のコミットメントをそう簡単には取り下げるわけにもいかない。まさに八方塞だが、追い詰められればアイデアは出てくる。

「陸続きの産出国からパイプラインでガスの供給を受ける」のが普通の欧州各国とは異なり、島国の日本にはこれまでは「パイプラインを敷く」という発想があまりなかった。いや、実は、「サハリンの天然ガスを海底のパイプラインで北海道まで持ってくる」という計画は過去にあったのだが、東京電力が反対だったので、「漁業問題が難しい」という表向きの理由をつけて、途中で潰されたと聞いている。

本州と北海道の間には海底トンネルまで作ったのだから、サハリンと北海道を結ぶパイプラインが敷けないわけはない。幸いにも、今の東京電力には昔のように政治力で全てを支配する力は最早ないのだから、この計画を今すぐにでも復活させる事は当然可能な筈だ。

天然ガスを液化させて特別仕様のLNG輸送船で運びこむのに比べれば、パイプラインによる搬送は相当低コストになる筈だ。ロシアは北朝鮮を経由して韓国までパイプラインを敷くことを計画しているようだが、北海道とサハリンを結ぶ方が距離的にもはるかに短く、政治的リスクも少ない。

しかし、それならば、いっその事、このガスを使った発電をサハリンでやってしまって、ガスとしてではなく電気として輸入すればどうだろうか? 海底電線による電力の搬送は欧州では日常茶飯事であり、北海や地中海の海底には大容量の送電線が既に何本も敷設されている。(直流で搬送すれば、伝送によるロスも相当小さく出来ることが既に実証済みでもある。)

これなら、「日本としては地球温暖化防止の為のコミットメントは取り下げられない」という問題とも矛盾なく遂行出来る。この発電事業を仮に日露の合弁事業としてやる事にしたとしても、ガスの燃焼自体はロシア国内でやってしまうので、日本ではCO2は発生しないからだ。

先の大戦の末期に、ソ連が不可侵条約を一方的に破棄して満州に侵攻したこと、投降した関東軍の兵士を長年にわたりシベリアに抑留し、過酷な環境の中での強制労働を課したことなどから、日本人の中には「ロシアは信用出来ない」と考える人達が多い。従って、国民の生命線である電力をロシアに依存するのはリスクが大きいのではないかと言う人もいるだろう。

しかし、これはビジネスなのだから、相互にWin-Winになるような条件を契約書の中にきちんと謳っておけばよいだけだと思う。勿論、その契約の中核となるのは、売り手、買い手双方による長期のコミットメントだ。「契約書に謳われた条件など非常時には簡単に破られる」という人もいるだろう。しかし、サハリンから直接輸入する電力が日本の総需要のせいぜい2-3%なら、日本側はいざとなれば我慢するだけで済む。それに対し、ロシア側は、日本以外には何処にも売るところがなく、万一日本が買ってくれなくなれば、莫大な損害を生じる事になるのだから、そのような不測の事態を心配すべきは、むしろロシア側でああろう。

このアイデアには大きな別のメリットもある。実際に試算してみなければ分からないし、最終価格はロシア側との交渉次第だが、サハリンから直接輸入する電力は、恐らくは、日本の電力会社が現在独占的に供給している電力の平均コストを、相当下回るのではないだろうか? 自然エネルギーの導入によって電気代が高くなることを懸念する人達にとっては、これは大きな朗報である筈だ。

繰り返しになるが、最終的な長期目標は、あくまで「自然エネルギー、とりわけ太陽光による電力供給を最低限30%程度まで高める」事であり、それは、前述の通り、半導体技術の革命的な進化によってやがて可能となる筈だ。しかし、電力不足の解消は既に焦眉の問題になっているのだから、国の財政負担に頼らず、電力料金も上げない「買電」という解決案は、今すぐ真剣に検討されて然るべきだ。

<追記>

毎度申し上げている事ですが、私のアゴラの記事の全ては、現在の勤務先とは関係なく、「一市民としての個人的見解」として書かれています。今回の記事も、会社内の誰にも事前に相談することなく書きました。

因みに、私はかなり熱心な「脱『原発依存』」論者であり、「地震国である日本国内では原発による発電は最小限に抑えるべき」という考えですが、一方では、「日本は原発についての高い技術水準を何としても維持すべき」という強い考えも持っています。この事については、「原発施設の対外輸出は大いにやるべき」と題する8月1日付の記事をご参照下さい。