為替レートと相対価格

池尾 和人

1ドル=75円とかいった名目の為替レートだけを見て、史上最高の円高だとかいって騒ぐもの問題だと思うが、他方で、実質実効為替レートが絶対的な基準だと思い込むのも危険である。日銀レビューの「実質実効為替レートについて」は、そうした点に関する留意点を指摘していて有益である。とくに、そこでも指摘されているように、実質化する際にどのような物価指数を用いているかに留意すべきである(本稿では、実質の話だけして、実効の方についてはふれない)。


相対価格(財・サービスの価格の相対比)に変化がみられないならば、どのような物価指数を使おうが同じことになるけれども、実際には相対価格の大幅な変化が生じている。したがって、物価指数の選択は実質為替レートの値に少なくない影響を与えることになる。こうした中で、実質為替レートを計算する際には消費者物価指数が用いられることが一般的である。

消費者物価指数でみると、例えば、2003年末から現在にかけて米国の物価は累積で21%ほど上昇している(注1)。これに対して、日本の物価水準にはほとんど変化がない。したがって、その間に名目のドル/円レートが2割くらい円高になっていても実質的には変化はないと主張されることがある。確かに消費者の立場からは、その通りである。しかし、特定の財の生産者にとってもそうだとは必ずしもいえない。

(注1)本当は、1995年頃と現在を比較するのがいいと思うが、後述の米国Motor Vehicleの個別品目指数が2003年12月からのものしか見当たらなかったので、2003年末と現在を比較してみた。

米国の生産者物価指数(PPI)のうち、Motor Vehicleの個別品目指数をみると、2003年12月を100として2011年7月の値は101.1で、ほとんど変化していない。米国で上昇しているのはもっぱらサービスの価格であって、工業製品についての価格はほとんど変化していない(あるいは、PCや液晶テレビの価格はやはり下落している)。

これに対して、日本の企業物価指数のうち、輸送機器の個別品目指数については、同じように2003年12月を100とすると、2011年7月の値は101.2である。分類の基準等が完全に同一ではないと考えられるので、厳密ではない大まかな話だとして理解していただきたいが、自動車メーカーにとっては、この間の製品価格の上昇率には差がなかったとみられる。すると、自動車価格をベースにしてみると、名目為替レートの変化=実質為替レートの変化にほかならないことになる。

したがって、2003年末の1ドル=110円水準から現在の76円程度になると、自動車メーカーにとっては、名目的のみならず実質的にも大幅な切り上げだということになって、大変に苦しいという話になる(注2)。この意味で、実質実効為替レートだけをみて、円高だと騒ぐのはおかしいと輸出型製造業に向かって言うのはミスリーディングだということになる。相対価格が変化している中で、為替レートの変化の影響は各主体ごとにきわめて多様であることは理解しておかねばならない。

(注2)ただし、企業収益に影響するのは、交易条件(産出価格/投入価格)であるから、製品(産出)価格に与える影響だけで議論するのは正しくない。為替レートの上昇によって交易条件が改善されている効果も考慮すべきである。

この間の日米の消費者物価上昇率の違いの背後で、内外価格差(わが国の非貿易財価格/貿易材価格が国際平均よりも割高なこと)の解消がかなり進んだ。それゆえ、消費者物価ベースでみて円の実質価値が変わっていないとしても、輸出型製造業からすると、内外価格差解消に寄与した分だけ、円の実質価値は上がっているということになる。

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池尾 和人@kazikeo