電波行政の「古層」

池田 信夫

きのうのニコ生では、「周波数オークションに関する“ウラ”懇談会」で安田洋祐氏のオークション設計についての解説を聞いたが、私は別の意味でこの問題はゲーム理論的な解明が必要だという気がした。


日本でも周波数オークションはやる予定だが、3GHz以上の帯域で、いつやるのかはわからない(たぶん5年以上先)。焦点になっている700/900Mhz帯は今回の懇談会のアジェンダから除外されており、900MHz帯は来年7月にも美人投票で割り当てる予定だという。ここはソフトバンクの指定席とみられているが、それに異議申し立てをしたイーモバイルも「公正な審査をしろ」というだけで、オークションをしろとは言っていない。

これは実に奇怪な光景である。安田氏もいうように、OECD34ヶ国中30ヶ国でオークションが実施され、もはや「やらない理由」を説明する必要があるのに、ほぼすべての事業者が反対する。このように官民の足並みがそろっているのは、電波の世界が貸し借りで成り立っているからだ。

電波の免許は5年で、用途変更を決めても1回は更新を認める慣例なので、帯域の再編には最大10年かかる。それも強制的に退去させることはできないので、一つの帯域から退去させるときは別の帯域を用意し、それを空けるためにはさらに別の帯域に引っ越させる・・・というように複雑に貸し借りができる。その全貌を知っているのは、電波部の官僚しかいない。

2.5GHz帯の美人投票では、電波部がドコモを落として「日の丸技術」のウィルコムを当選させたが失敗し、その経営が破綻した。それをソフトバンクが買収して電波部の顔を立てたので、900MHz帯でその「借り」を返すのが役所の暗黙の債務だ。このとき2.5GHz帯をあきらめてVHF帯で外資の閉め出しに協力したドコモに700MHz帯を割り当てるのも暗黙の約束だという。

このような貸し借りを調整するのが、総務省から無線業者に天下っている多くの天下りOBだ。彼らは民間企業の役所に対する「人質」になっていて、約束を破ると天下り先がなくなるというペナルティがある。こうした構造は、丸山眞男の指摘した日本の「古層」に起因するように思われる。

日本社会では、非公式の口約束も忠実に履行される。これは日本では当たり前だが、世界的にみると驚異的なことだ。約束を守らせるしくみは経済システムの根幹だが、そのメカニズムは二つしかない。一つは財産権で、もう一つは長期的関係(繰り返しゲーム)である。前者は法治国家の原則だが、アメリカのような訴訟社会になると多大な社会的コストがかかる。後者は伝統的な社会のしくみで、グラミン銀行にも残っている。

しかし先進国にこのような長期的関係が広く残っているのは珍しい。普通は都市化して社会が流動化すると「食い逃げ」できるようになり、長期的関係は機能しなくなるからだ。日本でそれが続いているのは、社会の流動化を阻止して業界の中で相互監視するしくみが発達しているためだ。

丸山も指摘したように、日本の「古層」の持続力はきわめて強く、新しい文化や技術を飲み込んで融通無碍に変化する。それは約束の中身が変わっても、それを守らせるメカニズムは同じだからである。しかしそれは新しい企業の参入を排除することでのみ成り立つ官民談合だ。新陳代謝の不足が日本の停滞の原因であることを考えると、むしろ約束を破るメカニズムが必要である。本来は、政権交代がそういうメカニズムなのだが・・・