欧州銀がドル資金を必要とする理由

池尾 和人

今日(2011/11/3)の『日本経済新聞』朝刊の経済2面に「国際市場、ドル調達不安 欧州銀は一段と厳しく」という記事が載っている。この種の話題はこの間ときどき取り上げられているけれども、そもそも、どうして欧州の金融機関が(ユーロ建てではなく)ドル建ての資金を大規模に調達する必要があるのだろうか? その理由は、実は2007年以降の米国発の金融危機と深く関連している。


2007年以降の金融危機は、最初はいわゆるサブプライム・ローン問題として始まった。そのこともあって、当初は危機の原因は「証券化」にあるという見方が有力になった。すなわち、証券化に典型的なオリジネート・ツゥ・ディストリビュート(originate to distribute、組成だけして、後は転売してしまう)というビジネス・モデルのゆえに、野放図なリスク・テイクが行われたというのである。

「証券化商品の場合には売却して投資家にリスクを転嫁してしまえるので、自分はリスクを負担しないと思って、金融機関が過度にリスクの高いサブプライム・ローン関連の資産などを大量に作り出す(組成する)ことになった。」一時期、こうした「証券化悪玉論」のような話がまことしやかに語られていた。証券化に組成者(オリジネーター)のモラル・ハザードの可能性が伴うことは確かだが、実際はそうした可能性が事態の中心を占めていたわけではなかった。

本当に転売して、投資家にリスクを転嫁していたのなら、いずれかの機関投資家が破綻したとしても、リーマン・ブラザースのような投資銀行が破綻することはなかったはずである。米国の大手金融機関が破綻、あるいは破綻にまで至らなくても大きな打撃を受けたのは、サブプライム・ローン関連を含む証券化商品を自ら直接に(あるいは、オフバランスの投資ヴィークルを使って間接的に)保有していたからである。

金融危機以前までは多くの米国の金融機関が、サブプライム・ローン関連を含む証券化商品をリスクに比してリターンの高い有利な投資対象であるとみなしており、それゆえに自らそれらに大量に投資していた。この意味で、オリジネート・ツゥ・ディストリビュート・モデルが危機の原因だという説は、もっともらしかったが、全く正しくなかったといえる。ならば、何が危機の原因だったのか。

危機の原因となったのは、米国の金融機関が証券化商品に投資する際にレバレッジをかけて(借り入れによって投資規模を膨らませて)、しかもその借り入れをごく短期間のものの繰り返し(ロール・オーバー)で行っていたことにある。短期の繰り返しにしたのは、短期金利の方が長期金利よりも低くて、その方がより儲かるからである。ところが、その結果、投資対象と借り入れの間での満期間のギャップを抱えることになった。

最終的な資金提供者が借り換え(ロール・オーバー)に応じてくれている間はよかったのだが、サブプライム・ローン問題の顕在化を契機に資金提供者が不安を覚えるようになると、借り換えに応じることを渋るようになった。すると、たちまち多くの金融機関が資金繰りに窮するようになった。資金調達ができなくなると、保有資産を投げ売りしてでも資金繰りをつけなければならない。こうして事態は、全般的な信用危機に進行していった。

そして実は、こうした米国の金融機関が行っていたゲームに欧州のかなり数の金融機関も同様に参加していた。欧州の金融機関は、米国の金融機関と並んで、米国のレポ市場のような短期金融市場でドル資金を調達し、それで証券化商品に投資を行い、さやを抜いていた。これは、安い金利のドル資金を調達して高い利回りの対象に投資を行うというもので、一種のドル・キャリー・トレードだといえる。

太平洋を挟んだ米国と日本・中国の間では経常収支のインバランスが存在し、それを埋め合わせるための資本移動が生じていた。これに対して、大西洋を挟んだ米国と欧州の間では、経常収支の不均衡はほとんど存在していなかった。しかし、このことは米国と欧州の間で資本取引がなかったということではなく、ネットではほとんどゼロになるとしても、グロスでは大量の資本取引が実際には行われていたわけである。

要するに、欧州の金融機関は、対米国との関係では短期で借りて長期で貸すというポジションにあった。そのために、金融危機の勃発とともに、米国の短期金融市場での借り換え(ロール・オーバー)が困難になると、欧州の金融機関はドル建ての資金繰りに窮するようになり、金融危機の発生直後から欧州でドル資金不足が問題化することになった。ところが、欧州中央銀行(ECB)は、ユーロ資金は供給できても、ドル資金は供給できない。そこで、ECBと米連邦準備理事会(FRB)がスワップ協定を結ぶことで、危機対応が行われることになった。

現在でも欧州の金融機関が大量のドル資金調達の必要を抱えているということは、依然としてかなりの量のドル建て資産を抱えているということであり、金融危機時までのポジションの解消ができていないということを示唆している。このことは、欧州の金融機関の多くが金融危機で生じた不良債権の処理を完了しておらず、損失を抱えたままになっているのではないかという疑心暗鬼につながり、欧州の信用不安の原因の1つとなっている。

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池尾 和人@kazikeo