グローバル化の生物学 --- 辻 元

アゴラ編集部

グローバル化を巡る議論で、同一労働同一賃金への収斂といった平準化がよくクローズアップされますが、グローバル化は必ずしも平準化だけを引き起こすわけではありません。グローバル化を単純に熱力学の第二法則に譬えるのは正確ではなく、むしろ生物学の棲み分けに譬えるのが適当です。


生物の棲み分けとは何でしょうか。
野原にある植物を観察すると、似通った植物は同所的に生えていないことに気付きます。これは、似通った種は、同じ環境を好み、それらが同じ場所に生息しようとすれば、異種間競争が起きて、比較優位な種だけが生息する状況に収斂するからです。
このような競争を生物学ではニッチ(生息環境)の奪い合いと言います。
しかし、それでも野原にいろいろな植物が見られるのは、野原にはいろいろな環境が存在するからです。例えば高い草の影には日陰を好むの植物が生えたり、スミレなど草丈の低い草は、春先だけ、地表に光が届くのを利用して、夏までに生殖活動を終えるといった具合です。
これと同じように、経済においてもニッチの奪い合いが起きているわけです。

さて、世界経済を生物の話に喩えれば、現在のグローバル化した世界経済では野原が狭くなったということであり、似通った種では、より強い淘汰が働く状況と考えてよいでしょう。似通った製品を作る企業が多数あれば、価格競争が激しくなり、利益を上げるのは難しくなります。
パナソニックがテレビ事業の縮小を発表しましたが、こういう文脈で捉えれば、不思議なことではなく、むしろ自然な流れなわけです。

従って、グローバル化で起きることは、単純な平準化ではなく、生物界の棲み分けと同じことが起きると考えて差し支えないでしょう。
つまり、各国で自己完結型の経済を作って競い合うという形態から、それぞれの国や企業が得意分野に特化して国際分業を推し進めることで、経済の効率化を推進するという形態に変化するわけです。。

ですから日本がモノづくりを国内に残す、残さないということに拘るのは意味のない議論です。今後、日本国内にモノづくりそのものは、あまり残らないでしょう。では日本は何で生きてゆくべきかといえば、結局のところ、知識産業を盛んにするしかないでしょう。
今までと同じやり方を踏襲していては、衰退するだけです。

ここで一番の問題は、日本に知識産業を支えるだけの人材が揃っているのか、という点で、残念ながら私は否定的です。
従って人材の国際化を図ることが、極めて重要です。日本人だけでチームを組んで仕事をするより、世界に人材を求めて仕事をした方が、より良い人材を集められます。
日本人だけのチームで世界との競争をするのは、不可能としか言いようがありません。

最近、先日亡くなったアップルの創業者:スティーブ・ジョブズのカリスマ性を賛美する論調が目立ちますが、スティーブ・ジョブズが日本に生まれ、日本で創業していたなら、今のアップルにはならなかったでしょう。
なぜなら、日本では、必要な人材の質と量を確保できないからです。
アメリカという無国籍社会だからこそ、アップルは成長できたと私は思います。

従って、政府の成長戦略に必要なのは、日本に工場を残すために補助金を出すようなことではなく、日本企業が必要な人材を確保できるように、労働市場を規制緩和し、海外に開放し、雇用の流動化を図ることでしょう。また、法人税を引き下げることも必要でしょう。要するに、政府のやるべきことは、日本の経済環境を海外と差別化し、ニッチを提供することです。
これが棲み分けで生き残るための必要条件だからです。通常の産業振興策は意味がないでしょう。

こうした構造改革のために、皆仲良くといったコンセンサス型の政治を脱却しなくてはなりません。
さもなければ、皆仲良く貧乏になるということになるからです。

辻 元(上智大学理工学部教授)