レポという大口マネー

池尾 和人

2007-09年の米国および欧州における金融危機(日本を含むアジアは金融危機に陥ったわけではないので、「大西洋金融危機」という呼び方もされる)の主たる舞台となったのは、「影の銀行システム(Shadow Banking System)」である。この影の銀行システムとは、金融安定理事会(FSB)の定義によれば、「正規の銀行システムの外側での諸々の事業体や活動を含む信用仲介のシステム」である。

1990年代以降、米国において影の銀行システムが急速に発展した。影の銀行システムが発展した理由に関しては、大きく2つの見方が存在する(Zoltan Pozsarによる)。


その第1は、規制回避(regulatory arbitrage)の意図からだというものである。正規の銀行システムには、検査・監督とともに、自己資本比率規制をはじめとした様々な規制が課されている(その反面で、中央銀行信用へのアクセスや預金保険制度などのセイフティネットが提供されている)。これらの規制は、銀行の活動を制約し、無視できな負担を銀行に負わせるものである。そうした制約や負担を回避してビジネスを行う(規制逃れの)ために、影の銀行システムを構成する事業体や活動は生み出されたという見方である。

これに対して第2の見方は、利用者のニーズに応えるものとして影の銀行システムは登場したというものである。

1990年代以降、全般的な金融緩和と資金財務管理(cash management)の高度化などを背景に、事業会社や機関投資家による大口の短期資金運用のニーズが急拡大した。しかし、そうしたニーズに応える金融商品は不足していた。米国の場合でいえば、最も適切な商品は政府短期証券(TB)であるが、その発行量は限られていた。銀行預金には、大口になると預金保険による保護限度を超えてしまうので、完全な安全資産とはいえないという問題があった。

こうした短期安全資産の不足という問題に応える形で、レポ市場が拡大することになる。レポ取引(Repo/Repurchase Agreement)とは、簡単にいうと、担保付きでの資金の貸借である。担保には、TBが用いられるが、その不足から最優良格付け(AAA)の証券化商品が広範に用いられるようになった。短期のレポ取引を通じる貸し付けは、米国の事業会社や機関投資家にとって大口銀行預金の代替物であり、破綻する可能性のある銀行の預金よりも(担保が信頼できる分より)安全な資産だと考えられていた。

この意味で、銀行預金がマネーであるとすれば、レポはそれ以上に立派なマネーだと考える必要がある。そして、影の銀行システムは、レポという大口マネーを提供するシステムとして存在意義をもつようになったというのが、第2の見方である。

実際、米国におけるM3の定義は、M2にレポなど(all large time deposits, institutional money-market funds, short-term repurchase agreements, along with other larger liquid assets)を加えたものとされている(なお、日本のM2とM3の定義の違いは、金融商品の範囲の違いではないので誤解のないように)。しかし、残念なことに、米連邦準備制度(FRB)は、2006年3月以降は「政策立案者にとって有効性が無くなった」ことを理由にM3統計の公表を取りやめるようになっている。

米国では、1980年以降、金融革新が進行し、次々に新しい(マネーとしての要素をもつ)金融商品が出現した。FRBは、当初は統計の定義を修正したり、新たなカテゴリーを導入したりすることで対応しようとしていたが、動きに追いつくことは難しく、そのうちにそうした努力そのものを放棄するようになってしまった。現在は、マネー・ストックに強い関心を失ったかのようで、最も基本的なM1とM2の統計しか公表していない。

ただし、民間による推計は、いくつか存在している。以下は、Shadow Government Statistics(shadowstats.com)によるものである。

これを見ると、FRBが公表を止めた2006年以降、金融危機に至るまでM3の伸び率は加速していることが分かる。影の銀行システムによる信用膨張が生じていたのである。そして、リーマン・ショック以降は、M3の伸び率には急激にブレーキがかかり、ついにはマイナスになる。直近になって、ようやく回復してきた感じである。M3が「政策立案者にとって有効性が無くなった」とは、とても思えない。

なお、M3の伸び率が急激に低下していた局面で、むしろM1およびM2の伸び率は上昇していた。これは主として、レポ等から政府保証のある銀行預金(金融危機に際して、銀行預金は全額保護されることになった)へのシフトが生じていたせいで、全体としてはM3の動きが示すように信用収縮が生じていた(にもかかわらず、M2の動きだけを根拠に反対のことを言っていた人がいたことは、アゴラへの私の最初の投稿記事「米国の貨幣ストックの動き」で述べた)。

金融システムが変化する中で、「何がマネーか」については常に注意深くなければならない。

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池尾 和人@kazikeo