「増税を明言すると選挙に勝てない」は迷信だ --- 高橋正人

アゴラ編集部

野田総理は2010年代半ばまでに消費税率を10%まで引き上げる方針であるが、民主党の一部議員は税率アップに反対している。反対する理由は様々だろうが、次期の衆議院選挙での敗北を懸念している議員も多いと考えられる。

しかし、一般的にも広く信じられている「増税を明言すると選挙に勝てない」という仮説は正しいのだろうか。過去の選挙事例をいくつか見てみたい。


まず、過去に消費税率のアップを標榜した選挙において、議席数の増加を達成している例を確認してみる。

─議席が増加している例─
【1996年衆議院選挙(橋本内閣)】
1997年4月からの消費税率引き上げ(5%まで)を閣議決定した後の選挙であったが、自民党は239議席(改選前+28)を確保。一方、野党第一党であった新進党は消費税率3%への据置を公約するも156議席(改選前-4)と奮わなかった。

【2010年参議院選挙(菅内閣)】
野党の自民党はマニフェストにおいて10%までの引き上げを明記したが、改選ベースの獲得議席数は51議席(改選前+13)と躍進した。一方、消費税率の引き上げについてマニフェストで言及しなかった(*1)民主党は、44議席(改選前-10)に後退した。

また、消費税が原因で大敗したと見なされているが、下記の選挙は敗北と決めつけてしまって良いのだろうか。

─大敗だと誤解されている?─
【1979年衆議院選挙(大平内閣)】
消費税の導入が争点となった初めての選挙(*2)であるが、自民党の獲得議席数は、248議席(改選前-1)であり、ほぼ現状を維持した。大敗のイメージが強い理由は、勝ち負けの基準が解散前勢力との比較ではなく、自民党内の「勝敗ライン」にあったからであろう(当時の勝敗ラインは271議席 *3)。しかし、今ほど財政赤字が深刻ではなく、国民に消費税の導入を納得させるのは難しかったという時代背景を考慮すると、議席の現状維持は善戦だったと評価できるのではないか。

さらに、下記の二つは、世間一般的には消費税の導入や税率の引き上げが敗退の原因とされているが、真因は他にあるのではないか。

─敗退の原因が誤解されている?─
【1989年参議院選挙(宇野内閣)】
既に消費税が導入されてしまった後の選挙である(だから、消費税を導入するか否かは争点になりえない)。敗退した理由は、中曽根内閣時代から「大型間接税は導入しない」と明言していたにも関わらず、国政選挙による国民の審判を経ずに、89年4月から消費税を導入したことへの反感を買ったからではないか。つまり、「やらないと言っていたのにやった」という不信感が敗退の原因ではないか。

【1998年参議院選挙(橋本内閣)】
既に税率を5%まで引き上げてしまった後の選挙である。消費税率引き上げについて是非が問われた96年の衆議院選では自民党が勝利していることから、98年の敗北には消費税以外の理由が存在するのではないか。

以上、1.消費税を持ち出しても勝利している事例、2.一般的には敗北とされているが、冷静に考えると負けたとは言い切れない事例、3.消費税が敗退の原因だと誤解されているが、真因は別だと考えられる事例、を確認した。

したがって、消費税率の引き上げを明言すると即敗退に繋がるというわけではなさそうだ。

民主党の先生方には、消費税率アップによる敗戦の恐怖に震えるのではなく、社会保障のあるべき姿と必要な税収水準といった地に足のついた冷静な議論を期待したい。

脚注:
*1:実際には、菅代表が消費税の引き上げを口頭で主張した。しかし、党内の意見を集約した上での主張とは思えず、政党としての消費税へのスタンスが見えなかった。

*2:厳密には、選挙戦の最中に「行財政改革を実行できた後に導入と言い換えている。

*3:前回衆議院選挙(1976年、三木内閣)にて、自民党はロッキード事件等の影響により大幅に議席数を減らしていたため、比較の発射台が低すぎるとして安定多数の議席数が強く意識された面がある。

高橋正人