日本は社会主義国家を目指すのか?

山口 巌

断っておくが、私は市場主義経済が現存するシステムでは最高のものであると信じている。そして、勤勉で創意工夫を継続する努力を苦にしない日本人には合っていると思うし、日本人を幸せにするシステムと同様考えている。

これは何も、経済や金融の本を読んで理解したと言うよりも、商社マンとして社会人のスタートを切り、20代半ばで当時の西ドイツに留学した際、以前から興味のあった「東ベルリン」を二泊三日で訪問し、その時に感じた強烈なカルチャーショック、その後30代半ばから5年間担当した中国とベトナムの市場開放による成功と国民がそのことにより享受した恩恵を実感として体験した事が、今尚、私の考えを支配しているからだと思う。


中国成功の立役者は鄧小平である。そして、1978年の訪日が彼の考えを確固たるものにしたと思う。古臭いカビの生えたイデオロギーに決別し、経済とその基盤となる技術こそが中国の繁栄を約束すると考え、その強化に舵を切ったのである。その手段は、良く言われる改革開放であり、躊躇する事なく深圳の如き経済特区を設置した。

1978年に日中平和友好条約を結び、同年10月に日本を訪れた鄧小平は、後述の新幹線への乗車で日本の経済と技術力に圧倒された。中国に帰国した鄧小平は、第11期3中全会において、それまでの階級闘争路線を放棄し、「経済がほかの一切を圧倒する」という政策を打ち出す。代表的な経済政策として、「改革・開放」政策の一環である経済特区の設置がある。外資の導入を一部地域に限り許可・促進することにより経済成長を目指すこの政策は大きな成果を収めた。しかし、政治面では共産主義による中国共産党の指導と一党独裁を強調し、経済面では生産力主義に基づく経済政策を取った。生産力の増大を第一に考える彼の政策は「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」(不管黑猫白猫,捉到老鼠就是好猫)という「白猫黒猫論」[6]に表れている。

どうも日本はその後、鄧小平を感動させた、経済とその基盤となる技術と言う基本を蔑ろにしていると思う。

オリンパス事件とは早い話、優秀なエンジニアが額に汗して開発した内視鏡で稼いだ金を、経営者が博打に使い、大穴を開けてしまい、3代の社長に渡り冷や汗をかきながら隠匿し、今日、脂汗をかきながら検察の取り調べを受けていると言った所ではないだろうか?

最近、何とも後味の悪い4件の記事に接した。

先ず、第一は、<東電>実質国有化へ 政府、公的資本1兆円注入である。

そもそも、3.11以降多くの識者、論者は通常法に従い東電を破綻処理すべきと提案していた。

このスキームの問題は原子力損害賠償支援機構という責任の所在がはっきりしない組織を介在さす事で、賠償期間が長期になり賠償金額が雪だるま式に膨張する可能性が極めて高い事である。

そして、政府が注入する資金は将来の電気料金の値上げで返済するとしているが、それは絵に描いた餅と思う。何故なら、現在でも日本の電力料金は充分に高い。更に高くなると言うのであれば、大口の需要家である、製造業は海外に移転するか別の発電企業からの調達に切り替える筈である。従って、国有化後の東電は只管赤字を膨らませ、顧客喪失の恐れから値上げも出来ず結果税の投入で救済するしか可能性は残されない。

今一つの問題は、今回の福島原発事故を契機に日本の電力供給体制を見直し、より効率的なシステムに転換する道を断ち切る事になってしまう事である。

本来、発電と送電を分離し自由で透明性の高い電力市場を創出する筈であったのではないか?

新たな電力市場に対応する為、発電と送電の効率化が求められる事は確実である。この達成は、結果、地政学的リスクを増やす中東へのエネルギー依存を軽減したり、二酸化炭素の算出を抑制する事で環境負荷軽減に繋がる。

残念な話であるが、民主党議員の眼には電力市場創出と京都議定書を結ぶ糸や、安全保障との関係値等皆目見えていない様である。

次は、NHK Newsが伝える携帯周波数 審査方式で選定へである。

全く、日本の統治機構は一体どうなっているのかと首を傾げる話である。以前記事で説明の通り、総務省は野田首相が座長を務める政策仕訳の提言を完膚なきまでに無視している。これが通るのであれば総務省の電波部長は野田首相の上司と言う事になる。今後、他省庁も右へ倣えで誰も首相や政府のいう事を聞かなくなるであろう。

実務的な話をすれば、オークションにより得られたであろう数千億円の収入を放棄する事になるが一体その見返りは何かあるのか?総務省の役人に取ってはあるだろうが、国民に取っては何もない筈である。これでは、国民に増税要請は所詮無理である。

そして、最も本質的な問題は、無線通信は今世紀最も成果が期待出来る分野であり、成果を後押しする為に、本来、政府はオークション採用により自由で透明性の高い電波帯域市場を創出すべきであった。しかしながら、市場ではなく、官僚(総務省)の、「審査方式」という名の恣意的裁量に委ねてしまった。東京から大阪に向かうべき人間が、青森行きの新幹線に乗車した様なもので、これ程の愚行は有り得ない。

こういう好ましからざる状況に陥ってしまった背景は、当局は企業間の談合を厳しく取り締まっている。一方、小沢一郎氏に対するしつこい捜査が示す通り、政治家の介入、調整に対し隙あらば刑事責任を問おうとしている。その結果、民意を代表すべき、政治が力を失ってしまった事に起因すると思う。反面、今回の一件が示す通り役所の裁量行政は看過されている。結果行政が力を持ち過ぎたのであり、その力を国民の為にではなく、役所や役所OBの為に使っているのが問題なのである。

三番目は、国家公務員にボーナス満額支給 減額の特例法不成立でである。多くの日本国民は開いた口が塞がらないと言う所ではないか?それにしても後味の悪い話である。

最後は、終身雇用希望の新入社員 過去最高の74.5%と言う記事であるが、これは学生も未熟であるが親や大学の教師にも問題があると思う。

言うまでも無く、市場とは優勝劣敗を競う競技場である。そして、敗退はイコール企業破綻である。そういう状況に置かれた企業に対し、この先40年間雇い続けるよう依頼すると言うのは市場のメカニズムを皆目理解していない。こんな学生が入社してもものの役に立たず邪魔なだけである。

それとも、今の学生は無意識の内に全ての企業が東電の如く国有化され、総務省の電波政策の如く、自由で透明性の高い市場を忌避し、企業間のフェアな競争を抑制し、国家公務員の如く勤め先が大赤字でもボーナス満額支給を望んでいるのであろうか?

もしそうなら、官僚達を支援、応援し社会主義国家に向けて舵を切るよう活動すれば良いと思う。

山口巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役


『「最後の社会主義国」日本の苦闘』レナード ショッパ (著), Leonard J. Schoppa (原著), 野中 邦子 (翻訳) ¥1,995