なんでも世の中、80年代がブーム、だそうです。当時のテレビ番組が話題になったり、アニメの実写リメイクが作られたり、ファッショントレンドも回帰現象が起きたり、トヨタが「AE86」を復活させたり、文化芸能分野のみならず、産業界にも「古き良き時代」を回顧する流れが出てきました。
トヨタの「86(ハチロク)」と言えば、東京モーターショー(以下、TMS)も幕張メッセからお台場の東京ビッグサイトへ「回帰」し、2009年より開催日が少ないながら入場者数は前回を超えそう。過去を振り返ったり懐かしんだりすると碌なことはないんだが、今の購買層が比較的金を持ってる中高年、ということで、ほぼ30年前に「若者」だった人たちにモノを買ってもらおう、ということなんでしょう。
そんなTMSなんだが、昨日、近くに仕事で来て早めに終わったので行ってみました。当日券売り場は長蛇の列。数百人も並んでたので、筆者はネットでEチケットをゲットして待たずに入場。しかし、どうして主催者はオサイフケータイでチケットを受け取れることをアナウンスしないのか、入る前からちょっとしたズレ感が生じました。
今年のTMSのテーマは「世界はクルマで変えられる。」という、どこに主語があるかわからない妙な日本語なんだが、ここにも微妙なズレ感がある。そして、この感覚は会場へ入ると増大します。
場内大混雑の中、トヨタ、日産、ホンダ、スバルなどの国内メーカーをざっと見て回り、ベンツ、BMW、フォルクスワーゲン、アウディといった外国メーカーへ移動。ハイブリッド化、EV化の流れはどのメーカーにも顕著で、省エネエコが大きなテーマになっている。
フォルクスワーゲンの「ブルーeモーション」。EVだがレトロモダンなデザイン。
ところが、並んでるクルマがどれも、いったい何を訴えたいのかわからないハリボテ感のあるものばかり。特に国内メーカーにそれを強く感じました。モーターショーに出すコンセプトカーなんていうのは、もうどの国内メーカーも自社の中央研究所やデザインセンターなんかで作ってません。どこぞへ外注に出し、近未来性のあるモデルを即席で作らせているだけなのでこれは仕方ない。
しかしよく見れば、このハリボテ感の正体は、明らかにR&Dや基礎技術を放り投げた姿勢から生じている。つまり、国内の自動車メーカー各社から、中核をなす技術、レシプロエンジンへの情熱が失われたことが外観に現れているからではないか、と気づきました。これはクルマという製品の「アキバ化」です。家電と同じようにクルマを作る。だから外観もシロモノ家電のようにならざるを得ない。
クルマ業界は、将来のEV化で全滅するんじゃないか、という人も多い。なにしろ、モーターと電池、シャシーをアッセンブリで組み合わせれば、どこでも誰でも作れます。縦割り行政で官僚の頭の固い日本は道交法などの法規制が厳しいし、クルマ業界の圧力も強いんだが、そうしたクルマを否定する国はいずれ衰えていくんでしょう。自動車関連税がこんなに過重な国も少ない。
これこそレトロ感満載。「いすゞ」の前身、石川島自動車製作所が製造した昭和7年式の『スミダM型バス』。
前世紀的な行政はともかく、国内自動車メーカー各社のクルマ作りへの姿勢もズレに大ズレている。80年代回帰という「ブーム」に安易にのり、トヨタは「86(ハチロク)」でホンダは「Nコンセプト4」と、ドキドキワクワク感のあるクルマは見当たらない。ヤマハの「もえぎ」なんて、80年代どころか大正ロマンへ回帰してしまいました。
象徴的なトヨタの「86」にしてもコンセプトが若い世代にクルマを買ってもらいたい、ということで、この発想がもうズレまくっています。だいたい、今の若い人は「86」なんて知りません。免許を取るために合宿へ行くなら、自宅にこもってゲームするのを選ぶ世代です。今の若い世代は、生活にしても恋愛にしても、クルマを使っての思考がすでにできなくなっている。
「86」は、工場で専用レーンを作り多少割高になってもいいから、今はオトナになってしまった昔の走り屋たち、中高年に向けて開発すべきでした。しかし、レシプロエンジンのまま「86」をトレースしただけでは、今の中高年は金を出さない。ハイブリッドでも完全EVでも、当時のフィーリングを再現させてこそ、レシプロ以後時代に対するチャレンジングな「新技術力」と思います。
豊田自動織機新開発のEV専用プラットホームを採用した次世代物流車のコンセプトカー「e-Porter」。
クルマのデザインなんて、誕生以来ほとんど変わってません。ミッドシップエンジンに代表されるように、重量配分はエンジン配置に支配されてきたわけなんだが、EV化によってクルマはレシプロエンジンの桎梏から解き放たれた。ヘッドライトのLED化によってフロントデザインを劇的に変えられることができたように、ハイブリッド化やEV化によって、まったく新しいクルマが現れてもいいはずです。
だいたいクルマのドアってのが、数十年も変化しないというのはどうなのか。中高年向けに乗り降りが楽でしかもダサくないデザインのドアとか、優しく包み込んでくれるようなコクーン型のドライビングポジションとか、普段は夫婦二人乗りだが、いざとなれば楽々四人乗りに変身するとか、そういう新しい「86」が出てきてもいいわけです。
自動車メーカー各社では、おそらくレシプロ時代の尻尾を引きずった経営と技術、EV化をにらんだ営業と技術の間でツバ迫り合いが起きているのでしょう。クルマの「家電化」は避けられません。技術力とノウハウの塊りだったレシプロエンジンは、クルマにとっては過去の遺物です。金を持ってるのに使わない中高年に、クルマを買わせる、買い換えさせる、という明確なコンセプトがほとんど見えなかったのと同時に、レシプロ時代の終焉を垣間ミタ、今年のTMSでした。
自動車ビジネスに未来はあるか?エコカーと新興国で勝ち残る企業の条件 :下川浩一 著 ¥700