ホッケースティックの欺瞞 --- 石水 智尚

アゴラ編集部

地球温暖化の議論を政治的なものにしている一つの大きな理由は、下記に示した図1のホッケースティック曲線だと考えられます。図1を見ると、過去40万年で大気中のCO2値がこれほど高くなった時代はありません。これにより多くの人が「説得」されたと想像します。ところが図1には、非常に単純ながら効果的な欺瞞が織り込まれています。


Fig-1
図1のベースになっているのは南極のボストーク基地で採集された氷床コア分析値です。地面(氷床)上に落ちた雪はわずかに空気を含んでいます。雪が降り積もると、自重で空気が圧縮されます。その際に水蒸気の拡散によって、雪の結晶が変形して融合し合い、フィルンと呼ばれる多孔質の組織を形成します。やがて雪は多結晶の氷となり、密度が800kg/m2以上になると、フィルン中の細孔が閉じて周囲の空気と隔絶され、気泡となって氷床に保存されます。下の図2はその状態を示したものです。南極の内陸部は夏でも平均でマイナス30度と非常に低温で、一度積もった雪は溶けずに氷として保存されます。ゆえに氷床から氷を掘り出して、その中の空気を取り出して分析すれば、遠い過去の大気の状況を知る事ができます。
Fig-2

氷床コアから空気を取り出すには、氷床コアを溶す方法と削る方法の2つがあります。ボストークの氷床コアは削って空気を取り出しましたが、測定可能な量の空気を得る為に、一定量の氷床コアをまとめて削りました。そうすると、一定期間の年代の空気が混じる事になります。ボストーク氷床コアの場合には2000年分の空気が混じり、2000年平均の数値となります。図1のもとになったオリジナルと思われる表を下記に図3として示します。図1と図3は基本的に同じものです。
Fig-3

さて、上記の図1と図3を見比べて下さい。時間を表すX軸は、図1は右端、図3は左端になっています。また図3でCO2を表しているのは一番上の曲線ですので注意してください。双方のCO2曲線を比べれば、違いは一目瞭然ですね。図3にはホッケースティック部分がありません!氷床コア分析から得た大気のCO2の値は、図3の左端の数値をみればわかるように異常な値を示していません。これはなぜでしょうか?

その理由は単純です。図1のホッケースティック曲線部分は、図3の氷床コア分析グラフの上に、別の測定方法で取得したCO2測定値を「張り付けた」ものです。つまりホッケースティック曲線部分は、氷床コア分析結果ではありません。先に述べたように氷床コア分析グラフは2000年平均値です。一方でホッケースティック部分の測定値は1年平均です。2000年と1年という2つの大きく異なる平均期間のグラフを単純に比較する事はできませんよね。

ところで図3にホッケースティック曲線を加えた図1のグラフは、「現在の急激なCO2増大は過去になかった」という間違った印象を与えるようです。これを見て、現在が「有事」であると感じた政治家は多いのではないでしょうか。しかし私は、現在のような急激なCO2増大が、過去に有ったのか、無かったのか、それを図1で証明する事はできないという単純な科学的事実を、下記の図4によってごく簡単に説明します。
Fig-4
上記は過去2年の日経平均の株価チャートです。青い縦の棒は週平均値、緑の曲線は26週の平均値です。どちらも同じく日々の株価をもとにしていますが、データの平均期間が1週間と26週間により、グラフの上下ピーク値に大きな違いが出ている事がわかります。平均期間が短期だと、短期間の大きな変動をより正確に示す事ができます。平均期間が長くなると、短期間の大きな変動は平均化の中に吸収されて、上下の変動がつぶれた緩慢な動きを示す事になります。

26週平均の株価曲線が週平均のピーク値を表す事ができないように、2000年平均の氷床コア測定値は、1年平均の大気CO2実測値のピークを表す事はできません。ボストークの氷床コア分析から、現在のような急激なCO2上昇が過去にあったかどうかを「知る事は出来ない」というのが事実です。

最後に下記の図5を用いて私の個人的な意見を述べます。
Fig-5
これは図3に私が手を加えて、赤の丸(CO2の頂上)と青の直線(頂上から谷底への下降)とオレンジの直線(谷底から頂上への上昇)を付加して、40万年間のCO2増減の周期をわかりやすくしたものです。この図から下記のように考察しました。
1)CO2の頂上は約10万年毎に生じている。
2)CO2は頂上から次の谷底までは比較的緩やかに下降する傾向がある。
3)CO2は谷底から次の頂上まではかなり急激に上昇する傾向がある。
4)現在から約1.5万年前に、CO2の最後の谷底があった。
5)1.5万年前の谷底から現在まで、CO2が急激に上昇しており、現在は最新の頂上付近にいると考えられる。

上記の考察から類推すると、現在の地球温暖化傾向は1.5万年前から続く長期の環境変動の一部であると考えられます。つまり、大気と海水の平均温度が上昇しても、海高が上昇しても、南極の陸氷が減少しても、海洋のCO2吸収量が減少しても、基本的にこれで理由が説明できます。そして過去4回の頂上のパターンを見ると、CO2の頂上期間は数千年から2万年程度で終了すると考えられます。

であれば、殊更に人間由来のCO2増大の危機を叫ぶ必然性はどこにあるのか、というのが私の持つ疑問です。

参考文獻:
図1:Carbon Dioxide Variations
図2:大気海洋変動観測研究センター 氷床コア・大気の化石
図3:南極ボストーク基地の氷床コアから得られた過去42万年の地球環境の記録
図4:過去2年間の日経平均株価チャート

石水智尚 Mutteraway