「今年はLCCビッグバンの年」とは本当か?

米重 克洋

年が明けてから「今年はLCC(ローコストキャリア)ビッグバンだ」といった記事が非常に多く出ている。今日もそういった内容の記事があった。
「交通インフラ競争激化、旅行需要も増加 格安航空に経済再生の期待」と題されたフジサンケイビジネスアイの記事では、LCCについて「交通インフラ間の競争激化や旅行需要の拡大を通じ、日本経済の閉塞感を打ち破る契機となる期待も膨らむ」としている。

しかしどこか違和感があるのは、今年立ち上がる国内のLCC全てが結局大手航空会社主導で、しかも海外のキャリアとのジョイントであることだ。
言い換えれば、結局従来通りスピードの遅い漸進的変化が続いているだけで、日本の消費者は行政も含めたマッチポンプ的な「改革もどき」に付き合わされているのではないかと疑いたくなる。


とりわけ注目度の高い全日空系のピーチ・アビエーションは「日本初の本格的LCC」という謳い文句を大々的に使っているが、この「本格的」というのがポイントだ。
恐らく、大手と比べて圧倒的な低運賃で先行するスカイマークを意識し「彼らはLCCではない」という隠喩を込めているのだろう。
しかし、長い間先行している海外に学べば、LCCというビジネスモデルには「低運賃」や「ノンフリルサービス」よりも重要な本質があると分かる。
それは、行政と”守られた”大手航空会社主導の、規制・保護ありきの市場構造をぶち壊し、消費者に革命的に利益を齎すことだ。

例えば世界各国にあるLCCの代表格であるアメリカのサウスウエスト航空は、1971年にテキサス州内で初就航した。
しかし、これはすんなりいったものでは到底無く、本来1967年に就航できるはずであったところを競合する大手航空3社に阻まれ、4年間を行政や競合他社に対する訴訟に費やした挙句の難産だった。
他にも、イギリスで最初期のLCCとして生まれたレイカー航空は、大手各社のカルテル運賃に対抗して消費者の支持を獲得したが、最終的には競合する大手各社の妨害で路線免許を没収され、第2次オイルショックがとどめとなり破綻した。

日本はここまででは無かったにしろ、スカイマークもスカイネットアジア航空(ソラシドエア)も、参入時に大手航空会社から同時間帯の便にダンピング的な運賃をぶつけられ非常に苦戦したことはよく知られている(航空自由化がアメリカに次いで進展していた欧州では、LCCに対するダンピング的な競合運賃の設定は禁じられている)。そして最終的に、100席超級機材で幹線に参入した新規航空各社は、スカイマークを除き全てが大手航空2社の”軍門”に降ることとなった。

そうした状況下においてなお独立路線を貫き、1998年以来、日本の空に確実にメスを入れたのがスカイマークという航空会社である。
スカイマークの低運賃戦略が一貫していたからこそ、東京=福岡線を初め、日本全国の幹線で高止まりしていた運賃が低落傾向に移った。

いわば、当時の澤田秀雄会長や現在の西久保慎一社長らが身を呈して、大変な労苦を払いながらも消費者に利益を還元する”戦い”の先頭に立ったからこそ、今日の日本の航空市場があると言っても過言ではない。
それ以前に誰しもがやらなかった、あるいは出来なかったことだ。
私個人としては、そのスカイマークをさておき「本格的LCC」を大手航空系列のピーチ・アビエーションが名乗っているということは少し不思議な感じがする。

昨年ご縁があり、ある方のご紹介でHISの澤田会長とお話する機会があった。
その時彼は、わずか1時間ほどの間に20回か30回ほども「飛行機は大変だよ」と繰り返していた。
私はいずれ航空会社を設立したいと思いこの分野を深く研究しているが、当事者ではないから”相当”大変だったのだろうということしか解らなかった。
しかし彼をしてその労苦なのだから、同じフロンティアとしての産みの苦しみが今年生まれる自称「本格的LCC」には果たしてあるのだろうか、という思いだ。

「課題解決」だ「消費者利益」だと誰しもが簡単に言うが、それがどれだけ難しく、ハードルが高いことだろう。
こんなことを書いている私自身、自分でやった事が無いことだから想像もつかない。
100億円を投じても全部”する”かもしれない、そういう勝負を真に「消費者利益」のために仕掛けた会社こそがLCCと名乗れるのではないか。

「本気度」に疑問符を付けたくなるようなことは他にもある。代表的なのが路線の選択だ。

ピーチ・アビエーションは関西国際空港を拠点として、福岡線や札幌線に就航するが、両路線の年間の輸送量はそれぞれ90万人前後で、国内路線でも20位以下だ(H21年)。
ちなみに、羽田=福岡線は750万人で、羽田=札幌線に至っては903万人。これは世界最大である。
羽田=札幌線の普通運賃は34,000円程度だが、このうち実に8,000円近くはいわゆる「公租公課」だとされている。かつてエア・ドゥが参入したが、破綻後全日空に支援を仰ぎ、今日スカイマークが参入していても運賃はあまり下がらない状態だ。

要は、本当に消費者利益を重視する「本格的LCC」なのであれば、もっと相応しい路線がある
日本国内だけでも10倍近い輸送量があり、しかも運賃があまり下がっていないのだから。
しかしそこには全く参入してこない。それは結局、自称「本格的LCC」の皆さんが大手航空系列だからであって、そんな「LCC」が今年「LCCビッグバン」を起こすと言われていることの虚しさを一消費者として強く感じている。

無論、大手航空会社であれ何であれ、企業として存続するためにどういう戦略をとっても良いだろう。
しかし、それは今まで日本の空を世界一”遅れた”状態のままにしてきた立場を自覚するのがまず先だと一消費者としては思う。
経営が苦しいのに、無駄な空港の維持・管理のために年1000億円も納税させられて、それでも消費者のために声を上げて変えられないのだろうか。
これまで多大な負担をそのまま消費者に転嫁し、一方で新規航空各社にダンピングを仕掛けたことについて何も思いは無いのだろうか。

更に言えば、多大な労苦や犠牲を払って改革を先導した先人を、そこそこの基盤やバックボーンのある後発組が否定なり無視をして、「我々こそが本格」というのはいかがなものか。
消費者利益という基準からすればいいからどんどんやれという話だが、それがマッチポンプ的で退屈な見世物になるなら非常に残念だ。

今日ここまでLCCについて日本国内で関心が高まったのは「外圧」がきっかけだ。
関西国際空港を中心に、韓国や中国、東南アジア、オーストラリアから多くの海外LCCが就航し、消費者はその安さに目を見張った。
これが国内にじわじわと影響してきた結果が、大手航空2社によるLCCの設立である。

しかし、それだけでは足りない。
爆発的変化に至るまでに、内部に蓄積したストレス、マグマがある。
内側から変わろう、変えようという大きな”力”がパンパンに膨れ上がった風船をバンと割って噴き出してきた時、初めて日本の空は変わる。
それまでにどれほどの時間を要するのかは、今年「ビッグバン」を起こすとされているLCCの”本気度”に依るだろう。
国内の旅客航空需要の6割をカバーする羽田空港から多くのLCCが飛ぶ日。
それが本当の意味での「ビッグバン」のXデーだ。

羽田空港でピンク色のエアバスA320が多く見られるようになる日を、とても楽しみにしている。

米重克洋(@kyoneshige