【GEPR】発電コストと原発の経済性(上)

アゴラ編集部

アゴラ研究所の運営するエネルギー研究機関GEPRは、エネルギーをめぐる意義のある情報を、中立的な立場で提供しています。発電コストと原発の経済性について、編集部が専門家とともにまとめたワーキングペーパーを公開します。上と下に分かれます。下はあす1月11日に掲載します。

「上」では原発のコストについて紹介します。発電コストについて、政府の「原発は発電コストが安い」という情報がこれまで流布してきました。これについて「政府は嘘をついた」など、感情的な賛否両論が繰り返されていますが、その計算方法を紹介する情報はあまりありませんでした。

ここでは2つの計算方法を紹介します。計算方法と仮定の違いが、結果を分けているにすぎず、それが「正しい」「正しくない」ということを、感情的に議論するのは無意味です。一方で、発電コストは重要な決定要因ではありますが、「発電コストが安いから原発を建設しよう」という単純な主張も、現在の日本の原子力への反発を考えれば現実的ではありません。そして原発と化石燃料の代替発電方法とされる自然エネルギーは、太陽光で発電コスト40円/kWh前後とされ、補助金に頼らなければ普及が難しい現状があります。

以下の情報を、読者の皆さまが、原発とエネルギー構成を考える際の一つの材料としてくだされば幸いです。

(GEPR編集部)([email protected]

【要旨】(論文の全体)
各発電方式での発電コストと、原発の経済性について最新の研究のレビューを行った。コストを考えると、各方式では、固定費、変動費に一長一短ある。特に原発では、初期投資の巨額さと、社会的コストの大きさゆえに先進国での建設は難しいことから、小型モジュール炉への関心が高まっている。


発電コストと原発の経済性(上)

GEPR編集部

■発電コストの単位

通常、発電にかかるコストは、発電単価すなわち「1kWh(キロワットアワー)の電気を発電するためにいくらの費用がかかるか」で表されることが多い。すなわち単位は円/kWhやセント/kWhとなる。

しかしここで注意しなければならないのは、生産コストを「固定費」(産出量に関わらず一定にかかる費用)と「変動費」(産出量に比例してかかる費用)に分けたとき、円/kWhは「変動費率」に相当するが、一部の発電方式の発電費用には固定費が多く含まれることである。もっとも分かりやすいのは水力発電で、水力発電は燃料を必要としないので、狭い意味では固定費のみで変動費はない(広い意味では大規模プラントほど建設コストが高いので変動費に相当する部分もある)。

原子力発電はウラン燃料を「燃やして」発電するが、燃料費の割合は小さく、費用の大部分が固定費と言われている。このように固定費の割合が大きい場合、円/kWhで表される発電コストは、そのプラントの稼働率に大きく左右される。

■どのような「アクション」のためのコスト評価か?

例えば新規電源開発というアクションなら、水力は日本ではこれ以上作れる余地はなく、比較対象としても無意味である。 「需要側からみた電源別の負担額を評価する」ということのようだが、それはどのようなアクションに反映されるのか? 今ある原子力の運転を止めても費用はほとんど減らず、むしろ代替火力の燃料費が大幅に増加する。そして費用を評価するのに2つの考え方がある。

(1)ライフサイクル発電コスト(OECD/NEA方式)
発電プラントは「建設」「運転」「廃止措置」というライフサイクルをたどる。それぞれの段階で費用がかかるが、収入があるのは運転時だけである。そこで、このライフサイクル全体の費用と収入を考えて、運転時に発電された電気をいくらで売ったら収支が釣り合うか、その円/kWhの値が「ライフサイクル発電コスト」であると考えると分かりやすい。このコスト評価は当然のことながら、お金の時間価値(今受け取る現金1万円は、それを銀行に預けたり債券に投資したりすれば収益が得られるので、10年後に受け取る1万円よりも価値が高い)を考慮することになる。すなわち、「割引率」(通常は資金調達にかかる資本コスト)をいくらに設定するかにも依存する。また、将来の収入は割り引かれるので、同じ総収入額なら回収期間が長いほど不利になる。

経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)では上記の方法による電源別の発電コスト比較のレポートを発行しており、数年周期で改訂版を出している。最新のレポートは2010年版[1]である。このコスト比較の主たる目的は新規電源の開発である。そのため、日本など多くの先進国ではもう開発の余地が無い水力発電は調査から除外されている。

[1]における日本でのコスト推計値は以下の通り(A)である。前提条件などの違いから直接比較はできないが、参考までに、福島事故後の政府の「コスト等検証委員会」が算出した数値(B)を併記した。
原子力  (A) 4.3円/kWh (60年稼働 稼働率85% 割引率5%) (B) 8.9円/kWh
石炭火力 (A) 7.6円/kWh (40年稼働 稼働率85% 割引率5%) (B) 9.5円/kWh
LNG火力 (A) 9.0円/kWh (30年稼働 稼働率85% 割引率5%) (B) 10.6円/kWh

特に原子力で両者の差が大きいが、これは稼働率の違い、福島のような大事故対応に関する前提の違いに起因すると考えられる。

(2)財務諸表を用いた発電コスト評価

株式が公開されている企業であれば、その財務諸表(貸借対照表、損益計算書等)は公開されている。日本の電力会社の場合、公開の財務諸表の中には「電気事業費用明細書」があり、給与手当・修繕費・一般管理費・減価償却費などの費用が記載されている。

そこで、この「電気事業費用明細書」を用いて電源別にプラントの一定期間費用を推計し、それを同じ期間の発電量で割った値を比較する方法である。ただしこの場合、資本費は「減価償却費」という形で算入される。日本は定率償却なので、プラントの運転開始直後は、減価償却費は高いが、年とともに低減する。そのため、電源別にコスト比較する場合、プラントの経過年数が比較するに妥当かどうかを確かめることが必要である。

福島事故以前より、この方式のコスト評価を行った代表的な研究が、大島[2][3]である。[3]によれば、発電事業に直接要するコストは1970-2010年度の41年間で、以下(A)の通りであったという。さらに電源三法交付金などの「政策コスト」を考慮するとコスト(B)になるという。
原子力 (A) 8.53円/kWh  (B) 10.25円/kWh
火力 (A) 9.87円/kWh  (B) 9.91円/kWh
水力 (A) 7.09円/kWh  (B) 7.19円/kWh

ただし、この結果が「脱原発政策が最もよい」ことの根拠として本当に適切かどうかはさらに議論を要する。

この大島論文に関しては、以下のような批判がある。原子力のコストに揚水発電を含めている。このように計算した理由は、原子力では出力調整ができずピーク時の出力調整のために揚水発電とセットで考えるべきということであるが、これは適切とは言い難い。原子力は出力調整が可能で、現にフランスでは行なっている。日本で実施していないのは発電所地元の反対があったことと経済効率が悪くなることである。また、揚水発電は系統全体のピーク時の負荷調整に用いられるので、原子力のみに帰属させるのは適切ではない。

参考文献
[1] Nuclear Energy Agency: Projected Costs of Generating Electricity 2010 Edition, OECD Publications, 2010
[2] 大島堅一: 有価証券報告書総覧に基づく発電単価の推計, 高崎経済大学論集、第43巻第1
号、 2000年
[3] 大島堅一: 原発のコスト、岩波新書、 2011年
 同:再生可能エネルギーの政治経済学、東洋経済新報社、2010年