北京のアダム・スミス――21世紀の諸系譜
著者:ジョヴァンニ・アリギ
販売元:作品社
(2011-04-30)
★★★★☆
きのうは與那覇潤氏の『中国化する日本』の読書会で盛り上がった。彼の本は従来の世界史の教科書とはまったく違うが、ウォーラーステイン以後の「グローバル・ヒストリー」の入門書としては意外にオーソドックスなものだ。本書はウォーラーステインの共同研究者が、彼の「ヨーロッパ中心主義」を批判して、中国を中心にして世界史を描いたものだ。
似たような発想としてはフランクの『リオリエント』があるが、本書はそれをさらに進めて中国こそアダム・スミス的な市場経済の本流だという。東洋的専制の中国が市場経済の先進国だという話は直感的には奇妙だが、與那覇氏もいうように中国史の中ではそれほど違和感がない。少なくとも18世紀の中国には、同じ時期のヨーロッパより発達した市場経済があった。
しかしスミスも指摘したように、市場は等価交換なので、成熟すると収穫逓減によって利潤率は低下し、新古典派成長理論のいう「定常状態」に到達して停滞してしまう。これを脱却するしくみは国内市場にはないので、海外に利潤を求めるしかないが、農業→工業→海外進出という自然な経路をたどった中国は帝国主義になれず、植民地競争で西洋に敗れた。
ヨーロッパの資本主義は、この逆に海外の遠隔地貿易から始まり、植民地支配によって領土を拡大し、そこから搾取した富で資本を蓄積する「不自然」なシステムだった。これは不等価交換なので、支配圏を拡大しているかぎり成長できる。古典的な帝国主義が限界に達すると覇権はアメリカに移り、金融資本と一体になった<帝国>の支配が拡大した。しかし軍産複合によるグローバル資本主義は非常に無理のあるシステムで、ブッシュ政権によるイラク戦争の失敗とともにその時代は終わり、21世紀はふたたび中国の時代になるという。
ヨーロッパの資本主義が組織暴力としての主権国家と一体になった搾取システムだというのは、本書も引用するTillyなども説くところだが、これと対比するためか中国が美化されすぎているのが気になる。「中国は平和主義のゆえに獰猛な西洋に敗れた」という議論はJacquesとも共通だが、皇帝の版図とみなした土地に対する支配の苛酷さはチベットをみても明らかで、国内的には「大躍進」や文化大革命のような大量殺戮を繰り返してきた。
日本の社会科学が、いまだに「進んだ西洋と遅れたアジア」というオリエンタリズムで見る傾向が強いのを中立化するには本書はいいと思うが、議論は左翼的で荒っぽく、文献学が冗漫で史料の裏づけに乏しい。オリエンタリズムの裏返しで「中華思想」に陥っている感も否めない。むしろ中国が恐いのは、これから産軍複合の国家資本主義になってゆくことだろう。
内容は一読の価値があるが、訳本は本文540ページに付録が130ページもつき、厚手の紙にしているため分厚くて重く、読みにくい。6090円という価格も、一般読者にはおすすめできない。