野田首相は意外に「歴史に残る名宰相」かも

松本 徹三

野田内閣の支持率は引き続き低下しており、岡田さんを副総理に据えた内閣改造も殆ど評価されていないようだ。しかし、これはいわば当然の事で、特に論評するに値しない。増税は、誰が何時どんな形で持ち出しても不人気になるのが常識だし、岡田さんは、真面目に物事に取り組んで結果を出す事には定評があるが、およそ大向こうに期待を持たせるようなタイプではないからだ。


前任の菅さんは、受けを狙ってパーフォーマンスをする姿勢がミエミエだということで、甚だしく評判を落としたが、野田さんはその点は正反対だと言ってもよい。しかし、じっと我慢をしているだけでは、「党内融和を最重視した人事で、思想の軸がなく、名ばかりの首相だ」「財務省の言いなりだ(政治主導の掛け声は何処に行ったのか?)」「マニフェストが実行できないのなら、国民を騙して政権をとった事になるから、即時解散が当然だ」等々といった厳しい(かなり当を得た)攻撃はかわせない。

にもかかわらず、私が「彼はもしかしたら名宰相として歴史に名を残す事になるかもしれない」と考えているのは、彼に「これ等の全ての悪評を甘んじて受けてでも、財政再建だけは成し遂げる」という強い意志があるように感じられるからだ。

野田さんは、最終的には「目的を達成した後は即時解散」という言質を自公に与えてでも、財政再建案だけは不退転の覚悟で前に進めるだろうと、私は見ている。もしそういう事になれば、民主党内では大ブーイングが巻き起こるだろうが、私は一市民としてこれを強く支持するだろう。要するに、「民主党の代議士にとって良い事と国民にとって良い事は別だ」という事だ。

小泉首相の引退後、長年にわたりリーダーシップを欠く「年変わり首相」にがっかりし続けてきた国民は、目覚しい改革を行って国民の意気を盛んにするような「強い指導者」の登場を心待ちにしているのは間違いないだろう。しかし、見渡したところ、どこにもそんな玉はいない。多くの問題を抱えてカオス状態になった現状を快刀乱麻で正常化し、前向きのベクトルを作り出せるような人は、元々そんなにいるわけもないのだ。

(大阪の橋下新市長の言動を見ていると、少し期待は持てそうな気もするが、そこまで行くにはまだ多くの時間を要するだろう。事を急いては高転びに倒れるリスクもあるので、彼には大阪をベースにじっくり力を蓄えて貰った方が良い。)

さて、現在の日本には、「災害からの復興」「電力(東電)問題」「放射能汚染」「景気全般」「年金」「雇用」「貿易収支(円高問題)」「防衛(沖縄問題)」「医療」「教育」と、カオス状態と言っても良い程に多岐にわたる問題が山積しているのは事実だが、諸問題の中でも群を抜いて重要なのが「財政」であろう。だから、全ての問題を解決できるような傑物が見出せないのなら、せめて財政の問題だけでも解決して貰える人に、国民はとりあえず国政を委ねるべきだろう。

国債の大部分を国民の貯蓄で賄っている現状から、「危機は急激には訪れない」というのが大方の見方だが、これは「破綻には時間がかかる」というだけの事で、「放置すれば必ず破綻する」「破綻すれば多くの国民に超弩級の悲劇が訪れる」という事に変わりはない。リフレ論者が半ば公然と言っているように、「これまで営々と貯蓄をしてきた保守的な人達が大損をこくぐらいの事で、国債のGDP比が低められるのなら、それでいいじゃあないか」というような甘い考えが少しでもあるなら、これは大きな問題だ。

外国人は、今は一時的なヘッジとして円を保有しているが、日本の政治経済を信用しているわけではなく、日本株には殆ど興味を持っていない。(だから外国人は日本株を現状で大幅に売り越している。)「円高」「株安」という「奇妙で嬉しくないコンビネーション」のベースがここにある。

今後も異常な円高が続き、「貿易収支の赤字」が固定するような事態にでもなれば、国債の暴落懸念は一気に顕在化する。そうなると、外国人の逃げ足は速く、結局は、日本人の銀行・郵貯の預金者(多くはお年寄りだろう)が、モタモタしてババを掴まされる事になろう。しかし、そういう事態になれば、年金制度も保険制度も破綻しているだろうし、雇用も激減しているだろうから、別に預金者に限らず、老いも若きも、日本人はこぞって悲惨な生活を強いられる事になるだろう。

だから、財政問題を少しでも軽く見ている政治家は、決して信用してはならない。少なくともこの点だけを見るなら、不人気に決まっている増税の問題を前面に出してまで、本気で「財政健全化」に取り組もうとしている野田―岡田ラインの姿勢は評価出来る。

民主党の中には「解散なんてもっての他。首相の首などいくらでもすげ替えればよいのだから、問題があればその都度総辞職し、衆院で多数を占めている現状を四年間堅持すれば、野党の自民党は必ず死に体になる」等という事を、公然と言っている人達も居るようだが、これは国民を愚弄する言葉だ。国民が関心を持っているのは「実際に政治をする首相」であり、もともと考え方が相当違う人達がたまたま寄り集まった「民主党という政党」に興味があるわけではない。

かつて小泉元首相は「自民党をぶっ潰す」と大見得を切った。野田さんはとてもそういうタイプではないが、心の底で「財政健全化の為には、民主党が壊れても構わない」と腹を括っているのかもしれない。もしそうだとすれば、大したものだ。仮に表面上は不人気のうちに政権の幕を引き、それに続く衆院選挙で惨敗したとしても、何時の日か国民は、「よく考えて見ると、実は彼こそが日本を救った名宰相だったのだ」として、あらためて彼の事を評価するかもしれない。

国がこれだけ危うい状況にあるのだから、政治家の皆さん方は、もう本当に「自分の次の選挙」の事や「党利党略」の事を、少なくとも表に出して語る事はやめて欲しい。そういう人達がもしいれば、国民は彼等にとりわけ厳しい批判の目を向けるべきだ。

自民党の谷垣総裁にも失望するばかりだ。「マニフェストを守れなかった民主党政権は解散すべき」というのは、筋は通っていても、国の将来の事を本当に考えての発言とは誰も受け止めないだろう。民主党が「はい、そうですか」と言って即時解散する事などは100%あり得ないのだから、これでは、「即時解散が嫌なら、日本の将来なんかはどうなってもよいから、民主党はマニフェストを堅持して、バラマキ政策を強行すべきだ」とけしかけているのに等しい。

バラマキ政策を続行すれば日本の財政は必ず破綻する事を知りながら、政局を優先させて、そうけしかけるのは無責任だし、野田政権が、今何もせずに解散すれば、国政にはまたまた空白が生じ、財政問題を始めとして、全ての事がいよいよ手遅れになってしまう事もよく知っていながら、即時解散を求めるのも不見識だ。

(政治空白は選挙期間中だけに留まらない。「党利党略」で解散すれば、その後の政局がまた「党利党略」にまみれる事も、長年政治をやってきた人なら誰でも分かっている筈だ。)

自民党が、「一連の政策案が国会で可決された暁には解散する」という言質を首相から取るのはよい。しかし、それ以上の駆け引きはしてはならない。先ずは国政を前に進めることが先決だ。自民党は全ての政策につき是々非々で議論し、国の為にやるべきと思う事は支持し、もっと良い方法があると思うのなら、具体的に対案を出していくべきだ。

取るに足らぬ問題をいちいち大袈裟に取り上げて審議を拒否する今の姿勢を続ける事も、国民は支持しないだろう。こういう事を何時までも続けていれば、国民の政治不信は高まるばかりで、その火の粉は自民党自身にも降りかかってくる事を知るべきだ。

与野党の如何を問わず、国会議員の歳費を払っている国民は、オープンで前向きな「国の将来の為の議論」をして貰う事を彼等に望んでいるのであって、審議を拒否して、次の選挙の対策ばかりを考えている事など、全く望んではいない。

松本 徹三