ベーシックインカム制度による社会保障と経済と財政の三位一体改革 --- 柴田 孝

アゴラ編集部

日本の未来は、政府が子どもと女性にどれだけ本気で投資して、ワーク・ライフ・バランスを促せるかにかかっている。今後、日本は、少子化・人口減少社会へと転じていき、人口増加による経済成長を前提とした社会保障の維持が困難になってきている。更に、未来を担う若者は就職難で、家庭や子どもをもつ余裕はないといった状況にあり、日本の未来に閉塞感という暗雲が立ちこめている。特に、シングルマザーによるワーキングプアの存在は、従来の社会保障という概念だけではとらえきれない象徴的問題を呈しており、このシングルマザーも含めた全ての国民がワーク・ライフ・バランスをとるためには、ベーシックインカム制度の導入といった、明治維新以来の大改革を行う必要がある。


現在、政府は「社会保障と税の一体改革」として、景気の状況をにらみながらの「消費税の増税」と逆進性対策としての「給付付き税額控除」という素案をだしている。しかし、消費税の増税は、デフレ下で行うと消費や投資をさらに萎縮させ、個人や企業の所得や収益を減らすリスクがある。最悪、デフレの悪循環に完璧にはまり込み、日本は大恐慌になる危険も抱えている。米国は、大恐慌期(戦前)、デフレギャップを埋めるためにリストラクチャリングに励み、最終的にGDPがほとんど半減するという悲惨なありさまに至ったという教訓がある。今後、世界は「ソブリンリスク」(国家の信用の崩壊)と先進国総デフレの危機的状況に陥る可能性もあり、そのため、景気の状況をにらみながらの消費税の増税がどこまでできるかは難しい状況にある。その一方で、この数年に消費税の増税ができなければ、日本の信用が失なわれ、日本国債の金利があがるといった事態も予想される。

今後は、「消費税の増税」を断行する前に、同時に「行政改革・行政の無駄排除の徹底」も行い、更には、デフレ対策にも充分に配慮した「経済と財政の一体改革」を考える必要がある。「社会保障」と「経済成長」というふたつの相反する難課題を解決する案として、政府案以外にも、公共通貨の電子マネーを全ての国民に発行するベーシックインカム制度がある。ベーシックインカム制度とは、日本の抱える多様な社会保障問題(非正規労働者・シングルマザーのワーキングプア、生活保護者の急増、膨れ上がる高齢者の年金と広がる世代間格差、障害者総合福祉法の実行費用、農業者戸別所得補償制度など)のセイフティネットとなるだけでなく、行政の運用は徹底的に簡素化され、更には、現金が順調なサイクルを形づくって回っていくことで、デフレ対策も期待できる。

ベーシックインカムとは、1)年齢とか性別とか、その他の様々な属性や境遇に関係なく、「全員一律」であること、2)働いていようが、働いてなかろうが関係なく、労働と所得をわけて「無条件」であること、3)ベーシックインカムの配布の仕方として、現金給付(関プラン)、衣食住に限定するバウチャー(クックプラン)、減価式電子マネー(古山プラン)などが検討されている。財源問題に関しては、財務省主導でなく政府主導となることで「政府の信用」を担保として公共通貨として発行することになる。それは、税収と国債(銀行の信用創造によるお金の創造)で財源にあてるという従来の発想とは異なり、公共通貨そのものを政府の新しい財源(政府の信用創造によるお金の創造)とすることになる。

減価式電子マネーの古山プランによると、使ったときに1%が自動回収され、また、使わずに持っていると、1ヵ月ごとに1%、やはり自動回収され、また、現金に引き換えるときは10%の手数料を要するなど様々な工夫をこらされている。公共通貨の支給額は、あくまで国民経済の潜在的な生産と消費の能力を示す統計データの集計・分析・予測に基づいて供給されることになり、だいたい月5万円から15万円ほどの支給幅となる。電子マネーの最大の特徴は、あくまで経済の潤滑油であることから、決して貯蓄することはできないようする「期限付き紙幣」として、インフレにならないように政府と財務省とが恊働することになる。電子マネーをもちいると、例えば、消費しないお金は消えてしまう一方で、生きるために必要な最低限のお金が毎月配布されるという、「消費限定」という、新しいお金の使用方法も可能となる。今後は、他者のために寄附(特にNPO法人)も含めたお金を消費することで国民が共助と互助の精神を高め、少子高齢化社会に対応した「新しい公共」事業ならびに「地域包括ケアシステム」を活性化させることが必要である。

グロバリゼーション金融市場に対抗するために、お金は永遠に蓄えるのではなく、他者のために儚く消えるといった、日本の文化・風土(おもかげ・うつろいの国)に合った公共通貨の使用方法を考える必要がある。もちろん、環境破壊、人口増加に伴う紛争、貧困、食料難といった世界的課題に関しては、ベーシックインカムによる富の公平な分配による制度だけでは対応しきれるものではない。世界的な課題に関しては、トービン税などを導入して、世界的な為替取引に広く薄く課税して、その税収を途上国の債務解消や貧困撲滅などに充てるといった、世界的な富の公平な分配ができる国際システムを構築する必要があるが、その前に、日本がベーシックインカムによる富の公平な分配システムを世界に先駆けて実現することが必要である。

ベーシック・インカムとは、日本人ひとりひとりが安心して幸せに最低限生きるために、憲法(日本国憲法第25条:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する)が保障したお金であり、その富の起源は日本の歴史・文化遺産にあると考える。政府から公共通貨として日本人全員に無条件で配布することは、グローバルな資本主義をいきなくてはならない全ての社会的弱者にとって生きる安心感へと繋がると期待できる。今後、日本人全員が健康で豊かな生活を送るためには、富の世界的奪い合いによる貪欲の河と猛火の燃えさかる権力闘争の河の間を通るひとすじの細い道・二河白道を渡っていかなくてはならないと考える。

柴田 孝
病院勤務 医師