携帯ゲームと証券会社のアナリストと行動ファイナンス

藤沢 数希

最近、アゴラで行動ファイナンスについて活発に議論されていた。そこで今回は長年、金融業に携わって来た人間として筆者も行動ファイナンスに関して幾つかの知見を提供したい。アカデミックな行動ファイナンスの研究は、伝統的なファイナンス理論で説明できなさそうな現象をデータ・マイニングで見つけてきて、それに心理学の論文の要旨をくっつけるという、クリエイティブな作品が多い。データは地域や期間をいろいろ変えて、自分のストーリーに合うものをうまく探しだせばよいし、心理学には人々が過剰反応するケースや、逆に過少反応するケースとその論文が常に存在するので、研究者にストーリー・テラーとしてのちょっとした才能があれば、どんな研究論文も創りだせる。その結果、行動ファイナンスは経済学部の学生が博士号を取得したり、ポスドクが大学の正規の職を得るために大いに役立ってきた。しかしながら、行動ファイナンスに基づく統計モデルを使いトレーディングしていたヘッジファンドの多くが潰れてしまったことを鑑みると、過去のデータから美しい物語を紡ぐことはできても、未来を予測することまではできないようである。


ところが、行動ファイナンスは、主にリテール向けの金融商品の開発に大いに役に立っているのだ。例えば、毎月、現金のクーポンを分配するタイプの投資信託は、個人投資家の間で大変な人気で、金融業者は高めの信託報酬などを要求することができる。また、ノックインオプションの売りなどを内包することにより、見かけ上の利回りを高め、ある種のダウンサイド・リスクを投資家に負わせるような仕組み債も、使い道のない大量の預金を抱える日本のお年寄りの方々の間で大人気だ。世界的な金融危機が続く中、グローバルに活躍する金融機関は莫大な不良債権を抱えており、こういった個人顧客の支払う直接、間接的な様々な手数料は、金融機関のバランスシートを回復させる役割も担っている。その点だけを見ても、行動ファイナンスはマクロプルーデンス政策に役だっているといえよう。

しかし、今回、筆者が注目するのは、携帯ゲームと証券会社のアナリストのビジネス・モデルの共通点と、その収益性に対する行動ファイナンス的なインタープリテーションである。日本ではグリーやモバゲーなど、携帯ゲーム会社が次々と過去最高益を更新し、不況が続き、暗いニュースばかり聞かされる日本社会に、一筋の光明を照らし出している。希望の光だ。携帯ゲームというのは、それほどすばらしいエンターテイメントなのであろう。しかしながら、筆者の知り合いで脱サラしてiPhoneのゲームを作っている人がいるのだが、彼の必死な努力、そしてその結果としての不条理なほどの貧しさを目の当たりにすると、たった300円のゲームを売ることですら、ひどく困難な所業のように思える。

iPhoneのゲームを作っても儲からないのに、なぜ、グリーやモバゲーは儲かっているのであろうか。筆者が思うに、その秘密は、電話料金といっしょにゲームの代金が請求されるというところにあるのではないか。このゲームを300円で買うのか、クレジットカードの番号を入力してまで本当に買うのかと問いつめられれば、やはり多くの人は思いつめてしまうだろう。そして、おそらくは買わないという決断を下すのではないか。しかし、毎月の電話料金といっしょに請求されるとなると、ついつい財布の紐もゆるんでしまい、勢いでアイテムなども買ってしまうのかもしれない。ここに筆者は行動ファイナンスの非常に興味深い問題を見つけるのである。

そして、証券業界を見渡せば、やはり類似のビジネス・モデルが存在するのである。それは非常に古いビジネスである。今時、証券会社のアナリストが書くレポートに大変な経済価値があると思っている人はそれほど多くない。証券会社のアナリストは、口の悪い批評家に言わせれば詐欺師であるが、筆者はそのようには思わない。彼らは占い師だからだ。不安な人々に未来のちょっとしたヒントを与え、勇気を与えてくれる立派な職業だ。仮に筆者が資産運用会社のファンド・マネジャーだとして、証券会社のアナリストの書くレポートに直接お金を払うとするならば、月に1500円ぐらいなら払ってもいいと思う。極めて有能なアナリストなら2000円ぐらい払ってもいい。もし、仮に大変すぐれた分析を提供してくれたら、焼肉ぐらい奢ってもいいと思うほどだ。証券会社のアナリストの経済的価値は客観的に見るとその程度であろう。しかしそれでは時として年収何千万円もあるアナリストの給料はどこからきているのであろうか。実はこれはグリーやモバゲーと非常によく似ているのである。

証券会社が所属アナリストのリサーチの対価を直接顧客に請求することはない。現在、機関投資家の株の売買手数料はDMAという機械がただ取引所に繋ぐだけのシステム(要するに機関投資家向けのネット証券)だと1ベーシス・ポイントを下回る。つまり売買代金の0.01%以下である。ところが、証券会社のセールスは、顧客にリサーチの対価という泣きを入れて、この手数料を5ベーシスとか10ベーシスにしてもらうのである。すると不思議なことに直接払うとすると、せいぜい焼肉を奢るぐらいのサービスが、月に何百万円、何千万円へと化けるのである。もっとも支払う側も自分のお金ではなく、年金などで預っているお金から出すだけではあるが。それにしても、これは極めて興味深い行動ファイナンスの研究対象であろう。

以上のように、行動ファイナンスというのは今後も極めて重要な研究分野であり続けるのだ。