著者:佐野 眞一
販売元:小学館
(2012-01-10)
★★☆☆☆
孫正義氏については多くの伝記が書かれているが、ほとんどは彼の成功物語をたどってヨイショしているだけだ。それに対して本書は「朝鮮部落に生まれ、豚の糞尿と、豚の餌の残飯、そして豚小屋の奥でこっそりつくられる密造酒の強烈なにおいの中で育った」というふうに始まり、彼の在日韓国人としての生い立ちに焦点を当てている。
それはいいのだが、いつまでたっても彼のビジネスの話が始まらない。150ページあたりからようやく創業の時期の話が始まったかと思うと、いきなり「脱原発」の話に飛び、また故郷の炭鉱の話に戻り、最後は韓国に飛んで終わる。ヤフーに出資した話も、インターネット・バブルに乗ってバブル崩壊で大損した話も、ADSLでNTTを相手に大博打を打った話も出てこない。著者は孫氏の本業であるITに興味も知識もなく、彼の出自だけに興味をもっているように見える。
ドキュメントとしても、バランスが悪く中身が薄い。半分近くがインタビューで占められ、その半分が孫氏へのインタビューだ。その内容も、出自をめぐる話が延々と続く。たとえばスティーブ・ジョブスの評伝では、著者が40回以上もジョブズにインタビューしたにもかかわらず、生の形ではほとんど引用されておらず、著者が取材した事実で構成されている。完成されたドキュメントとは、そういうものだ。
本書は評伝というより、インタビューをまとめた取材ノートという印象である。表向きの情報で孫氏を絶賛するだけのビジネス本に比べれば、彼の人間像を地元に取材して描いているだけましだが、全体としては単なる「在日三世の出世物語」で、彼のITビジネスについては何も知ることはできない。