一般の人に経済学的な考え方が理解されていない、と嘆く経済学者は多いようだ。
実際に、私が書いたこの記事やこの記事に対するコメントでも、値段がどうやって決まるのかが理解されていないと感じるものも多い。
ここでは、値段の決まり方について経済学ではどう考えられるのかということを説明したい。
まずコメントを読んでて感じた、世間における最大の誤解は、「安ければ客は乗る」という考え方だ。突き詰めれば、「タダなら客は乗る」ということである。実際に運賃がタダだったら、人はその交通機関を利用するのだろうか。
成毛眞氏のブログによれば、「航空機に比べ3倍以上も割高な新幹線に乗るのは国会議員だけかもしれない。なにしろ彼らは無料でグリーン車に乗ってどこまでもいけるのだ。」という理屈になるようだ。しかし、国会議員はタダなら東京札幌間を新幹線で移動するのだろうか。
所要時間でいえば、東京札幌間の計画所要時間と東京博多間の現在の所要時間に大差はない。となると、福岡選出の国会議員は新幹線ならタダだから新幹線を利用しているのだろうか。
私は長崎東京間を平均して月に1回程度の割合で移動している。それなりの航空運賃を負担しているのだが、たとえタダだと言われても、JRを使って長崎から東京まで移動しようとは思わない。
また、長崎東京間の飛行機で、何人かの国会議員と一緒だったことがある。彼らはJRなら無料なのだが、実際には飛行機を利用していたようだ。
そもそも、「タダなら利用する」などというのは人を愚弄している考え方で、まともなビジネスマンの発想ではない。
また新幹線で5,6時間かかるのなら、飛行機より3割安くして欲しいな、という意見も見られた。では、JRは飛行機より3割下げるという戦略を取るのだろうか。
値段差が生まれ旅客が移動手段を変えるとしても、全員が同じ行動を取る訳ではない。3割安いから新幹線を利用する人もいれば、それでも飛行機を選ぶ人もいる。鉄道会社の戦略としては、値段を下げることによって、どれだけの乗客増を見込めるか、ということが重要になってくる。
たとえば値段を3割下げた場合、旅客が1.44倍にならないと売上は下がる。例えば東京博多間の新幹線料金を飛行機から3割下げたとして、客が1.44倍になるのだろうか。私の主観だが、値段を3割下げた所で、旅客増はせいぜい1割程度だろう。となると、結果として売上は下がるので、JRが値段を下げるという選択肢はなくなる。
では客が少ないからといって、値段を上げるとどうなるか。値段を1割上げても、客が1割減る程度なら減収にならないが、増収を狙って値上げするのだから、旅客減はそれ以下に留めたい。しかしこれも主観だが、飛行機より新幹線の値段が1割高くなると、客は3割以上減るのではないだろうか。
この両方を考慮すると、JRの売上は飛行機と値段をそろえた時が最大になる。あとは、この最大の売上のなかでコストを下げる努力をし、利益を増やす、という経営戦略になる。
日本の新幹線と飛行機の間には「4時間の壁」と呼ばれる経験則がある。これは新幹線の所要時間が4時間を越えると飛行機の競争力が高く、それ以下だと新幹線が優位になる、というものだ。この経験則に値段という要素は入っていない。
これは、この記事に書いたようなメカニズムが働き、飛行機と新幹線との間には価格競争は大きく働かず、所要時間のほうが重要度が高い、ということを示しているのだ。
前田 陽次郎
長崎総合科学大学非常勤講師