消費税はどこまで上がるのか? --- 鈴木 亘

アゴラ編集部

■現行制度のままでは、10%以上の消費税率は当たり前

消費税引き上げの是非を巡って熱い論戦が期待される「消費税国会」が開幕したところであるが、既に議論は、消費税率を10%に引き上げた後の「次の消費税引き上げ」に、いきなりジャンプしてしまったようだ。

私が出演したテレビ番組でも、既に先々週ぐらいから安住財務大臣、藤井元財務大臣等が10%の消費税率では全く足りなず、そのあとの消費税引き上げが必要であるということに言及していたが、今週に入って岡田副総理、藤村官房長官も、相次いで消費税率は10%を超えるという見通しを示している。

当然、マスコミは大騒ぎをしているが、実は、これはエコノミストや経済学者たちにとっては「当たり前の話」である。日本の少子高齢化は今後さらなるハイペースで進み、現在、3人の現役で1人の高齢者を支える状況が、最終的に1人の現役で1人の高齢者を支えるところまでゆく。


単純に考えて、負担が3倍になるのであるから、現行の社会保障制度を何も変えないのであれば、消費税率も5%引き上げ程度で済むわけがない。おまけに、野田政権が進める「社会保障と税の一体改革」では、社会保障費の効率化や削減に切り込むどころか、消費税引き上げで得た財源を、社会保障に還元するとして、社会保障のバラマキをさらに増やす予定でいる。

これでは、お金が右から左へ消えるだけで、消費税率をせっかく5%引き上げた効果が全くない。財政再建に向けての最初の一歩も踏み出せていないのであるから、当然、すぐに次の消費税引き上げが、用意されることになる。今回、社会保障目的税と称して法案化すれば、次の消費税引き上げがやりやすいというのが、官僚達の真の狙いである。

■問題の多い内閣府試算

問題は、最終的に消費税引き上げはどの程度になるかということである。国民が今、最も知りたいことは、消費税増税路線に歩み出した場合、「どこまで消費税が上がるのか?」と言うことであろう。

この点について、内閣府が一昨日(2012年1月24日)閣議に提出した「経済財政の中長期試算」が、2020年までに必要とされる消費税率引き上げ幅を16%と見積もっており(とマスコミが報じており)、話題となっている。

内閣府「経済財政の中長期試算」

しかし、この内閣府試算の解釈は問題が多く、おそらく2020年までに必要とされる消費税の引き上げ幅は16%では済まないはずで、内閣府試算のそもそも甘い経済見通しに従ったとしても、17~8%とみるべきであろう。また、これは、必要な消費税引き上げ幅の「最低ライン」の数字と見るべきである。

どこが問題かと言うと、内閣府試算のさらなる消費税引き上げ幅の6%分というのは、モデルから計算して得られた数字ではないということである。この試算では、10%の消費税引き上げだけでは財政赤字(プライマリーバランスの赤字)が2020年に黒字化せず、16.6兆円の赤字が残っているということを示しているに過ぎない。

もし、この16.6兆円の赤字を消費税のさらなる引き上げで賄えば6%分であるということであるが、当然、消費税引き上げをこの時期に相次いで実際に行えば、景気が相当悪化することになる。法人税や所得税は減少し、消費税率の6%引き上げ程度では、とても財政赤字を解消できないだろう。したがって、もし消費税引き上げだけでプライマリーバランスの財政赤字解消をするとすれば、さらに1%、2%分の糊代をもって、消費税引き上げをする必要があることになる。

(また、技術的なことを言えば、この内閣府モデルは中長期予測を行う供給型モデルなので、短期的な需要変動は均衡に対する調整過程として入っているだけなので、消費税引き上げの景気変動効果をみるのにふさわしいモデルではない。また、駆け込み反動は、モデルから内生的に得られるものではないので、外生的に与えることになるが、そこで恣意性が発生しやすい。社会保障の肥大化が成長率を低下される効果も、このモデルでは表現できない。)

■エコノミスト、経済学者のコンセンサスは20%~30%

この修正内閣府試算の17~8%を最低ラインとすると、最高ラインは、野口悠紀雄教授が1月15日の新報道2001で示した30%という数字あたりであろう。その他のエコノミストやシンクタンク、経済学者たちの試算も、私の知る限り、2025年時点で見て、だいたい20%~30%というのがコンセンサスとなっているようである。

ところでなぜ、2025年時点なのかと言えば、もちろん、2025年で少子高齢化が終わり、これ以上、消費税率が上がらないということではない。少子高齢化のピークは2070年ごろであるから、当然、消費税率は2025年を超えてもまだまだ増え続けることになる。

政府が2025年までしか示していないからとか、いろいろ理由はつけられるだろうが、おそらく、2025年以降は、恐ろしくて誰も計算できないというのが本当のところだろう。勇気をもって計算したのは、私の知る限り大和総研の原田泰氏ぐらいであるが、氏によれば、2055年の消費税率は58.8%となる。まさに「生き地獄」である。

この時代、当然、所得税、住民税や各社会保険料も大幅に引きあがっているから、給料のうち、手元に残るのは3割程度と見込まれる。3割の手取り収入で、消費をすると、これまた6割の税金がかかるというのでは、いくらなんでも国民の耐えられる限界を超えている。

さらに、本日示された民主党の年金改革案を実現するための消費税率7%という数字が、これに上乗せされる。民主党の年金改革の完成年度は2065年ごろだそうだが、はたしてこの時代の国民に、民主党の年金改革は歓迎されているのであろうか。おそらく、相当に恨まれていることだろう。いや、すでに今の国民にも、この改革案は望まれていると本当に言えるのだろうか。

■国民が今、必要とするのは「選択肢」である

本来、国民に今、示されるべき政策選択肢は、(1)「社会保障と税の一体改革」という社会保障のバラマキ拡大路線に乗って、このような非現実的な消費税率の地獄に突き進むのか、(2)それとも社会保障費をもう少し削って、もう少し穏やかな消費税率で済む世界を目指すのか、(3)社会保障費の大幅な削減・効率化を断行して、消費税率をさらに低くとどめることを目指すのか、というものであるべきである。

(1)が民主党、(2)が小泉改革のころの自民党、(3)がみんなの党というイメージであろうか。これに対し、現在の「社会保障と税の一体改革」は、(1)のバラマキ増税路線しか示さず、しかも、それが将来、どのような消費税率となるのか、長期的な姿を全く国民に見せていないという大きな欠陥がある。

国民に選択肢を持たせず、その真のコストもみせずに、命をかけてバラマキ増税を断行しようと言うのが現政権のやり方である。しかも、この増税路線は、マニフェスト選挙で国民に選ばれたものでもない。まさに、国民に対する背信行為と言うべきである。

消費税国会には、各党の対立軸が全く感じられず、お互いクリンチしあうような状況となっているが、本来、各政党に示してもらいたいのは、長期的な状況を含めての「選択肢」である。消費税5%引き上げまでの道筋は、もはやみんなの党を除き、各党同じかもしれないが、その後、バラマキでさらに増税に突き進むのか、それとも社会保障費の削減に取り組んで増税幅を縮小させるのか、違いはあるはずである。

今後の国会論戦では、是非とも各党に、長期的方針を示してもらいたいと願っている。

編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2012年1月27日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。