小泉にあって橋下市長にないもの

小幡 績

竹中平蔵だ。


橋下大阪市長が、国政進出を狙って打ち出した、政策の大枠を発表した。「維新八策」というもので、坂本龍馬にも、明治維新にも関心のない私には、どうでもいいネーミングだが、いわゆる元官僚ブレーンが考えたモノだろう。メディアは大々的にこれを取り上げている。

一般的に、東京のインテリ、エスタブリッシュメントは、橋下氏は好みではなく、また彼の成功、影響力に対して懐疑的だ。しかし、好き嫌いはともかく、これは過小評価だと思う。

橋下氏は、権力、首相を狙っているだけで、それ自体が目的である。実現したい政策は実は何もない、という冷ややかな見方のようだが、それは正しいが間違っている。政策が何もないから、強いし怖いのだ。

その対極は民主党だ。みんな政策に一家言あり、政策を語れない政治家は知的な政治家ではなく、だめな政治家、という風潮がある。だから、自分の思いの詰まった政策、自分が考えた政策にこだわる。一旦マニフェストで打ち出したモノはプライドがあるから引っ込められない。

これを私は、民主党の「僕ちゃん政治」と呼んでいる。僕ちゃんはちゃんと政策を考えている、僕ちゃんの政策を実現しなくてはいけない、僕ちゃんが仕事をする、官僚には頼らない、僕ちゃんがやるんだ。

だからだめなのだ。

一方、カネに綺麗だから、落選したら食っていけない。だから、落選はとても怖い。それで支持率を気にする。だからポピュリズムに走るのだが、僕ちゃんのプライドが邪魔して、ポピュラーになれないポピュリズムとなり、選挙に負ける。政治が苦手な政治家たちなのである。

悪い人たちではない。むしろ、人間としては正しい気がする。しかし、それでは政治はできない。

近年唯一の成功した政治家、小泉はどうだろう。郵政民営化という意味不明なことだけ主張して、徹底的に政治的に勝ち切った。勝ちきった理由は、実際には実現したい政策が何もないので、とにかく政治的に都市部の有権者を引きつける政策イメージを作れたこと、その実、自民党の味方を維持するため、自民党の族議員たちにも都合の良いように、政策の中身は現状維持で(道路公団が一番の典型だ。郵政も民主党に巻き戻されるようでは意味がない。もっと徹底的に変えても良かったはずだ)、バランスがとれている。これで、自民党の基礎票、ほとんどの地方議員も当選し、都市部のチルドレンも当選し、圧勝した。そして、自分の派閥は隆盛を極め、その後、総理を出し続けた。

だから、中身のない政治家でガッツがあり、けんかに強く、侠気があれば、最強なのである。

橋下氏の戦略も似ている。現在のひ弱なふらふらしている民主党、自民党の若手議員とは、けんかの強さが違う。そして、僕ちゃんの政策はなく、自由にポジションを取り、イメージを作れるから、強い。自由だ。真の意味で、正統のポピュリズムだ。民主党は圧倒されてしまうだろう。だから、中身がないと見くびってはいけないのである。中身がないからこそ強く、怖いのだ。

しかし、小泉とは大きく異なる点がある。

仲間がいないことだ。

政治は数だ。絆の深い、派閥でも何でもいいが、それがない。橋下氏は小泉よりも頭はいいかもしれないが、仲間が足りない。

そして何より、竹中平蔵がない。

今改めて考えると、やはり竹中平蔵はすごい。彼がいなければ小泉はなかっただろう。すべての批判を一身に引き受けた。自民党の保守派は竹中をたたき、小泉には従った。しかし、その政権内外の批判にもめげず、小泉を守りきり、政策がないことに気づかせないほど、竹中氏は、小泉に代わって彼の政策、信念を語った。そして、小泉に尽くした。彼の参議院立候補、そして辞職について、批判はあるが、彼は小泉に尽くしたのであるから、筋が通っている。

彼が橋下氏にはいない。

小泉は政権を取ってから人気を出したものすごいポピュリストだ。橋下氏は、いろんな意味で欠けているものがあっても、外から政権を取るまで攻めるだけだから、小泉よりも楽な部分もある。だから、かなり行く可能性もある。

そこで足を引っ張るとすれば、元官僚ブレーンたちだ。彼らは政策で生きている。橋下という久しぶりの政治をする政治家に出会い、チャンスと思っているだろう。

そこが罠だ。色気が出る。政策を実現したいと思う。僕ちゃんの政策をこの際実現したいと思う、下手な政策へのプライド、知性へのプライドのある「僕ちゃん」政策ブレーンだ。

橋下氏が語る分には、揚げ足をとられないように、抽象的で大枠とイメージだけを語る。だから、揚げ足をとられない。ところが、具体性がないと言われて、知的に反論したくなってしまう僕ちゃんブレーンは語ってしまうだろう。そこが落とし穴で、破綻の可能性がある。

橋下ブームは、ブレーンが落とし穴になる可能性が高い。