秋原葉月氏の「報道番組VOICEに逆上する橋下氏」を「ブロゴス」で読み、同氏が書いた「光市母子殺害事件の実名報道」に対する冷静な疑問と比べ、余りに理性を失った嫌悪の吐露に驚きました。
早速、番組の動画を探しましたが、秋原氏の警告通りすでに消去されていましたので、秋原氏の番組要約を前提に、私の感想を述べさせて頂きます。
VOICEの問題は、アメリカの教育制度に就いて初歩的な知識も無しに、予め出して置いた結論に導こうとした事と、報道番組の基本中の基本である調査をせずに、個人的な意見と事実を誤認した事です。
検索すれば直ぐ判る通り、1988年の英国教育改革法(「サッチャー教育改革」)や2001年のNCLB法(「落ちこぼれゼロ法」)に就いての賛否両論はありますが、「失敗だったと認めた」調査結果は見当たりません。
米国の教育は地方の専権事項で、日本の制度との大きな違いを知らずに比較する事自体が無意味です。例えば、国の定めたカリキュラムが無いだけでなく、国は教育に直接口を挟む権限は一切持っていません。就学年齢・高校卒業資格などは州によって異なり、更に、学区によって始業日・終業日・休校日・年間授業時間、中学校や高等学校の進級学年の区切り、カリキュラムの内容、飛び級などの方針が全て異なります。学年の区切り日も、日本のように4月1日で統一されずに、ミズーリ州の8月1日からコネチカット州の1月1日まで5ヶ月もの開きがあるくらいです。
参考までに、アメリカの殆どの学校地区では生徒に教科書を無料で貸与する事で、毎年教科書を購入する費用を浮かして、図書館の充実に当てるなど、地方の智恵を集めた制度作りをしています。米国の公立学校の悪評ばかり報道されますが、無料で通える公立高校出身でノーベル賞受賞者7人を出した高校が1校、4人が2校、3名が9校もあり、公立の芸術、演劇高校が輩出した有名芸能人は数え切れません。
1983年に出された『危機に立つ国家(A Nation at Risk)』という報告書が、各界に大きな影響を与え、それが英国の教育改革法や米国のNCLB法の源流になった事は確かでしょう。
閑話休題、秋原氏の橋下市長への悪態はさておき、同氏の整理されたVOICEの「報道内容」に就いてコメントしたいと思います。
(1)大阪教育基本条例はアメリカの落ちこぼれゼロ法やサッチャー教育改革に酷似している。
これは、VOICEが番組作成前に決めていた『標準テストで測定可能な目標設定』を悪と言う結論を、『サッチャー教育改革=落ちこぼれゼロ法=大阪教育基本条例=失敗』と言う単純な方程式を使って証明したい為の、プロローグに過ぎません。
(2)アメリカの落ちこぼれゼロ法や、イギリスの教育改革は失敗だったと認められ、既に多くの地域で国の学力テストをやめていること、アメリカでも失敗だったと認識され始め、徐々に軌道修正が始まっている。
失敗だと言う結論は何処を探しても見つかりません。何処から出した結論でしょうか? 論議と結論を混同していませんか? 『多くの地域で国の学力テストをやめている』とありますが、実際は正反対で、ここ数年の数学、読解力国際テストで常に好成績を挙げているシンガポール、香港、台湾、韓国などに習い、もっと学力テストを強化しないと、教育の中心が東に移ると言う論議が台頭しています。私自身は、中学以前の過剰テストには反対で、全人格教育に力を注ぐべきだと思っています。
(3)番組で「落ちこぼれゼロ法制定に携わり、現在はあの法律は間違いだったという教育学者に教育基本条例案を見せたところ、彼女は驚いていました」
米国の権威ある学者は、自分の専門外、ましてや知らない国の事にコメントする事に非常に慎重で、こんな単純な質問に即答するのは、マスコミの人みたいですね。米国には教育専門家は何万といますから、名乗り出るか、その方の実績を知りたいものです。外国の単なる自称学者のコメントを鵜呑みにして、日本の教育の方向を決められたら堪りません。余りにも取材方法がお粗末過ぎます。
(4)A:学力テストを実施、結果を公表し学校どうしを競争させる。B:教員の評価を厳しくし、校長の命令に背いた場合免職もあり得ると言う教育基本条例の特徴は、落ちこぼれゼロ法と共通している。落ちこぼれゼロ法下でのやり方、情報を集め教師を処罰するという懲罰的態度、成績があがらずダメ学校の烙印を押されたら閉校。
これは、初歩的な米国教育制度を知るか『落ちこぼれゼロ法』を読めば直ぐ判る事ですが、完全なデマです。 NCLB法(落ちこぼれゼロ法)は教育法ではなく、児童・生徒が3年生から8年生までに読み方と数学で学習すべき内容について、州政府が標準テストで測定可能な目標を設定することを連邦政府の補助金を受ける為の義務とした法律です。この様な初歩中の初歩も調べず報道したとしたら、完全な虚偽報道です。
(5)こういうやり方では成功しない、と彼女は断言します。
素性の判らない『彼女』を、権威者と仮定したトリックだと思いますが、断言の根拠をお示し下さい。
(6)大阪は同じ轍を踏むことになるだろう。教育改革するなら私たちが歩いてきた10年間を繰り返して欲しくない。
私たちは、VOICEの編集者の様に、素性も判らない一人の自称『教育学者』の言う事を鵜呑みにしたり、外人の言う事を特別視しない人間を育てたいものです。
(7)ダメ学校の烙印を押され閉校される学校は低所得者層の地域に多く、そういう地域の子ども達は行き場を失っていきます。低所得者層の子どもは子どもの頃から切り捨てられます。
NCLB法に反対する人を含め、この法律の最大の功績は『所得』『人種』『障害』『英語学習者(英語の出来ない移民などを言う)』などの学力格差是正を明確な目標として打ち出し、置き去りにされてきた生徒たちの問題が注目されるようになった、と言う点で一致しています。VOICEの結論は独りよがりか、デマでしょう。
(8)アメリカは失敗したんです。それを日本が繰り返すのは悲しい。
幸いな事に、彼女の様な自称教育学者は日本にも掃いて捨てる程おり、この様なデマに近いアドバイスを日本は必要としていません。
以上の様に、「VOICEの大阪教育基本条例への批判」はデマと推論の固まりで、「橋下氏がいたくご立腹」するのは当たり前です。虚偽をあたかも事実のように報道するVOICEなる物を、報道番組と思う方が狂っています。
米国の教育界では、受け入れることと優秀さを求める声をどのように均衡させるかが、長い間議論され、改良を重ねて来ましたが、長い目で見るとNCLBは、その過程で実現した新しい取り組みの一つに過ぎず、現在でも「良き」結果を目指して「試行錯誤」を続けています。
尚、日本語で書かれたNLCB法に関する論文で比較的短くて、冷静なものとして下記の物を挙げて置きます。お二人とも現場経験のある教育学者の様にお見受けしました。
・アメリカの新教育改革法(NCLB)の一成功例と現状
・2001年初等中等教育改正法(NCLB 法)の施行状況と問題点(編集部注:pdfファイル)
北村 隆司