AIJ事件とヘッジファンド規制は別問題

藤沢 数希

日本版マドフ事件ともいえるAIJ年金消失問題の全貌が明らかになりつつある。AIJ投資顧問は1500億円あまりの企業年金を運用し、日経平均などのオプションを売ってプレミアムを稼ぐという投資戦略で、1000億円以上の損失を出した。それにも関わらず、虚偽の運用成績を報告し、顧客を欺き続けた。詐欺の方法は、マドフと同じ古典的なねずみ講であったようだ。高パフォーマンスを偽り、顧客から資金を集める。顧客の解約請求に対しては、他の顧客から集められた元本を運用成果として支払っていた。このような子供だましの詐欺が、今年の1月末の証券取引等監視委員会の検査まで発覚しなかったのである。AIJ事件に関して、筆者はふたつの点で、日本国政府の行動が間違った方向に行かないか、注視している。ひとつはAIJ事件の被害者、つまりAIJに年金などの運用を一任していた企業を税金(具体的には厚生年金加入者の負担)で救済することだ。もうひとつはヘッジファンド規制の間違った方向への強化だ。


マドフ事件もそうであったように、ねずみ講などの金融詐欺は、全ての投資家が損するわけではない。こういった詐欺事件では、当初は実際に高いパフォーマンスを見せる必要がある。ねずみ講の初期に参加し、破綻する前に解約した投資家は、それが詐欺であったとしても確実に儲かるのである。このような詐欺に引っかかっても、事後的に救済されるのならば、不自然なパフォーマンスを出し続ける怪しげなファンドに投資すればするほど儲かってしまうことになる。ねずみ講に政府保証をつけるなど、とんでもないモラルハザードだ。

また、実際に投資経験があり最低限の資産運用に関する知識さえ持ち合わせていれば、その詳細までは関知しないとしても、ファンド・マネジャーの基本的な投資戦略を理解し、相場によってどういうパフォーマンスが毎月出るべきなのかは概ね推測できる。そこに不自然なパフォーマンスの報告があれば、年金の運用を委託している企業側の担当者は、ファンド・マネジャーに具体的に何が起こったのか問いただしてしかるべきなのである。そういった当然の努力も怠っていた企業が、事後的に税金で救済されるのは極めておかしい。そして、何を隠そう、こういった企業年金の担当者の多くは、厚生労働省の天下りだったのである。

ふたつ目は、ヘッジファンドなどの私募ファンドに対する規制を強めることだ。日本でヘッジファンドを作ろうとすると、顧客から資金を預かって運用する投資一任業務のための許認可を取得しなければいけないのだが、日本はそのコストが極めて高かった。具体的には、コンプライアンス部やバックオフィスを自前で揃えなければならず、少なくとも年間数千万円のコストが生じる。それゆえに小規模のヘッジファンドを日本で作ることは割りに合わず、それらはコストが安いシンガポールの作られていた。日本人が日本株に投資するヘッジファンドを作る場合、シンガポールに資産運用会社を作り、外国籍ファンドとして、日本の顧客から資金を集めて運用するのが一般的で、日本から資金、税収、そして多くのタレントが海外に流出していたのだ。

こういった状況を改善するために、金融庁は、機関投資家のみから資金を集めるヘッジファンドに限っては、事務作業の大部分を顧客から預かった資産を分別管理する信託銀行に外部委託し、コンプライアンス部やバックオフィスを自前で用意しなくてもいいように規制緩和を進めていた。この流れ自体は非常に正しいもので、AIJ事件により逆戻りさせてはいけない。AIJ事件は虚偽の情報開示が問題であり、資産運用会社の自前のコンプライアンス部やバックオフィスの有無とは関係ない。また、現在、民主党政権が進めているような、全ての資産運用会社に上場企業のような外部監査を義務化すれば、運用資産が数億円~数十億円程度の小規模ヘッジファンドはコスト負担に耐えられなくなるだろう。結果的に、日本に作られた資産運用会社が、また、そろってシンガポールなどに流出するだけであり、何ら本質的な解決にはならない。

AIJがどのように虚偽の情報開示を行ったのか今後の捜査が待たれるが、再発防止策が間違った方向への規制強化になり、それによって日本の資産運用業への新規参入が極めて困難になる状況は避けなければいけない。

参考資料
バーナード・マドフ事件 アメリカ巨大金融詐欺の全容、アダム・レボー(著)、古村治彦(翻訳)、副島隆彦(監修)、金融日記
AIJ投資顧問の闇(号外版)、闇株新聞、2012年02月25日
AIJ社長「もう100億円あれば巻き返せた」読売新聞、2012年3月24日
運用業界、AIJ問題でも規制強化を警戒-「ヘッジファンドは必要」 、ブルームバーグ、2012年3月1日
AIJ問題で問われる信託銀行の役割、ロイター、2012年 03月9日
AIJ問題で規制緩和の「副作用」が表面化、迫られる難しい対応、ロイター、2012年2月29日
AIJ事件の再発を防ぐため本質的に必要なこと、尾崎弘之、WSJ、2012年3月28日