映画と小説「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」~未だにアメリカで9.11を表現することの難しさ

新 清士

私自身の記憶で、映画館で生まれてこの方、こんなにぼろぼろに泣いたことはないと思う。

昨日、都内に出たついでに、「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」を品川の映画館に観に行った。さすがに上映がはじまってから1ヶ月以上経っており、上映館は限られて、もう終わりそうなので、時間を作って観に行ったのだ。今見逃すと、8月のDVDセールスまで待たなければならないので、それならと。


この映画の原作は、ジョナサン・サフラン・フォアが2005年に発表した小説だ。9.11にツィンタワーにいた父親を失った少年が、2年後に父親の部屋にあった謎の鍵を見つけた後に、鍵穴を探して、ニューヨーク中を探し回る物語。ただ、物語は錯綜し、広島や、現在でも何人死んだのかわかっていない第二次大戦の終わり近くに行われたドレスデン爆撃といった、無差別な死に巻き込まれ、そこで生き残ってしまった人の心の痛みを描いている。

難しいテーマを扱いながら、感傷的になることなく、強引な希望を押しつけることもない。フォアは「このテーマをニューヨーク在住者として深く感じたことを書かないことの方をより大きなリスクと考えた」インタビューで述べている

それで、小説を読み終えた読後感から、どうしても映画が観たくなった。

客数7名。中央真ん中の席なのに、前の席には誰にもおらず、完全に貸し切り状態。まあ、封切り後1ヶ月後の映画のレイトショーなのでそういうものだろう。

……泣いた。

………本当に泣いた。

まわりに誰もいなくて良かった。

もう冒頭から巻き込まれた。9.11をテーマにしながら、脚本の質、カットの見せ方、カメラワーク、もちろん、主役の子役の演技など、あまりに一級品。そのため、ちょっとした台詞、ちょっとした仕草にきた。まず、日本では、豊富な予算があろうとも、この水準の映画はなかなか作れないだろうと思った。(制作費4000万ドルと掛かっているが)

感動したとか、おもしろかったとか、そういう感想じゃない。

じわじわと自分に迫ってくる。とても抑制の効いた映画で、悲劇を悲劇として叫ぶような映画ではない。難しい長編を映画はエッセンスをうまく切り出して、まとめきっていた。 多分、近親者を亡くしている人や、子どもを持つ人は、強く何かを感じてしまう映画だと思う。

ネットの感想を見ると、同じようにやっぱり泣きっぱなしだったという人は少なくなかった。映画に出てくる人たちに共感して、その回復に寄り添うように観て、そして泣くことで、ちょっとだけ気分が楽になるそういう映画に、私は感じた。 もう一度観たいかというと、今は考えるが、もう一度観ると思う。そして、また泣いてしまうだろう。

多分、昨日、私は泣くつもりで、映画館に行ったのだろう。

ただ、アメリカでは、かなり賛否両論を呼んだ映画ではあるようだ。観た人の感想を読んでいると、日本ではおおむね好評なのだけど、それでもペースが速く、カットバックの多い話なので(といっても、効果的に使われているが)、まったくついていけなかったという人もいた。また、主人公はアスペルガー症候群の疑いがあるという設定なので、その障害についての予備知識をまったく持っていない人は、主人公の奇妙な台詞や行動の意味がわからないで共感できなかった人も見られた。

アメリカではもっと分かれている。各メディアのレビューの平均点を出す米Metacriticでは、46/100とびっくりするほど低い。というか、極端に低いポイントをつけているレビューに引きずられている。高い評価を取る大ヒット映画では、高いスコアを取る傾向がある。

25点を付けた、New York Postが、「About as artistically profound as those framed 3-D photos of the Twin Towers emblazoned with “Never Forget” that are still for sale in Times Square a decade after 9/11」(ツインタワーを出して「絶対に忘れない」なんて強調するのが、9.11から10年でも商売になるんだな……みたいな侮蔑的ニュアンス)なんて書いている。Wall Street Journalはさらに厳しく10点。

Amazon.comのユーザーレビューでも、まだ予約段階なので正当な評価は難しいが、1点を付けているユーザーが6人で、一番多い。「恥を知れ」とまで書いている人がいる。一方で、小説版は674レビューに対して、4点が平均なので悪くない。 とはいえ、あれから10年経っても、まだまだ、9.11はアメリカではセンシティブなテーマなんだなと思う。

日本でも、今後3.11をテーマにした、小説や映画はたくさん発表されるだろうが、本当に寄り添える作品が出てくるには時間が掛かるだろう。

この映画や小説についてありきたりな感想を述べることはできるのだけど、できたら避けたいと思った小説でもあり、映画でもある。どんなに大切に感じている人でも、何の前触れもなく、突然死んでしまうことはあるし、主人公が「今いる人は100年後には誰も生き残っていない」といったような台詞が小説にはあるが、それが意味する残酷さに想像をめぐらすことだってできる。死は誰でも避けないものであり、残される者の悲しみも、また、普遍的なものなのだろう。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
著者:ジョナサン・サフラン・フォア
販売元:NHK出版
(2011-07-26)
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新清士 ジャーナリスト(ゲーム・IT) @kiyoshi_shin