スマートテレビ考 後編 --- 中村 伊知哉

アゴラ編集部

前編より続く)
では、日本はどんなスマートテレビのサービスを生んでいくのか。
放送・通信融合では3年出遅れた日本ですが、それでも既に日本型の融合モデルが生まれてきています。
NHK「デジタル教材」。教育番組クリップをウェブサイトで開放しつつ、教材や教授法を学校の先生方と共有するという「テレビ+ネット+学校」のコミュニティ。学校教育とテレビが強く結びついているのは日本の特徴で、これをネットでも活かしているんですね。
「ウェザーニュース」は、衛星、ネット、モバイルでテレビ、PC、ケータイに番組を届ける放送・通信融合局ですが、刻々とセンターに届く視聴者からの写メ情報を天候の実況や予報に役立てています。海外でもスマホが普及し始めたとはいえ、老若男女がユビキタスに映像情報発信できるのは未だ日本特有のポジション。このモデルを構築し、いずれ海外展開を、というのがウェザーニュースの戦略だそうです。
他にもいろいろあるのですが、そこでやってきたのが次のステージとしてのスマートテレビ。マルチスクリーンにソーシャルメディアを組み合わせる。


放送局、広告代理店、メーカ、ソフトウェアハウス、さまざまな関係者がサービスを企画しています。そしていま日本で検討されているサービスの多くは、GoogleやAppleが提案するようなタイプ、つまりテレビ受像器をPCに変身させ、ネットのコンテンツもソーシャルサービスも大画面にぶち込むスタイル=「オーバーレイ」とは異なります。
それは第一に放送局がいやがるからです。テレビの画面を汚すな、と彼らはいいます。テレビはテレビでそのままに。で、スマホやタブレットを組み合わせ、小画面側でソーシャルとヒモつけよう=「マルチスクリーン」というのが今の基本的な方向です。
既にマルチなスクリーンを同時に使いこなす若者の情報行動スタイルを一歩進め、テレビ番組を放送局がソーシャルサービスに結びつけていく。日本型のアプローチとしては、こちらでしょうね。となると、放送局がどう出てくるのか、これが行方を左右します。

NHK技研「ハイブリッドキャスト」でも、テレビとタブレットなどダブルスクリーンでテレビ番組とヒモつき情報を連動させる提案がなされています。放送とネットの情報を同期させる技術がキモで、それがもう実用段階にあるといいます。
在阪テレビ局が中心となって結成した「マルチスクリーン型放送研究会」も、スマホなどセカンド端末での放送連動サービスを念頭に実験を計画しています。同じく大阪から実験協議会としてスタートしたラジオのネット配信サービス「radiko」は、4月から全国70局が参加するプラットフォームへと成長し、ツイッターなどマルチスクリーンによるソーシャル連動サービスに本腰を入れるとのことです。
もちろん、全てがマルチスクリーンになったり、逆に全てがオーバーレイにされたりするわけではないでしょう。コンテンツによって向き不向きがあります。討論番組ならニコニコ動画のようにオーバーレイでみんなの声を投じればいいし、ドラマなら画面を汚さずセカンドスクリーンで遊べばいい。多様なコンテンツに応じ多彩なサービスが開発されていくことになるのでしょうが、日本の場合、ややそのバランスがマルチスクリーンに置かれるということではないでしょうか。

こうしたサービスの開発には課題もあります。放送に通信をかませるので、両制度の違いが問題となります。例えばコンテンツの責任の所在。放送コンテンツは放送局が法的責任を負うのですが、通信コンテンツは表現の自由が大原則で、発信者に介入ができない。となると、放送局が送る番組に通信でオーバーレイした情報が問題を引き起こしたら、その画面の責任はどこに所在するのか。ま、放送局が「画面を汚すな」とオーバーレイに拒否反応を示すのも、コンテンツの管理ができないという点に集約されるわけですが。
著作権も同様の問題を提起します。放送コンテンツと通信コンテンツでは著作権法上の取り扱いが違う。放送コンテンツとする場合には比較的ラクに処理できるのですが、同じコンテンツを通信で流そうとすると改めて権利者の許諾を要したりする。地デジネットワークやブロードバンドなどを混合して伝送する場合、その処理をどうするのか、なかなか厄介な問題です。
著作権はそもそも「そんなサービスを国内で展開できるのか」という問題も提起しています。「まねきTV」判決が示すように、いわゆるクラウドサービスを日本で展開しようとしても、アメリカなどと異なり非常に制約がある。ま、これはテレビ局が提訴した結果ですから自業自得の面が強いのですが。

そんな制度面のことよりもぼくが課題だと思うのは、そういう新しいサービスを「やる根性」。震災で縮こまるずっと以前、そう、失われた20年とされるその20年前あたりから、日本を覆い続ける縮み志向。これを吹っ飛ばして、チャンスを活かして海外に展開する意気込みを、スマテレ関係者のみなさんがたくわえているのかどうか、という点です。
放送・通信融合は、いいポジションにつけながら、この20年、日本はチャンスを逃してきました。GoogleやAppleやHuluなどの攻勢に、改めてオタオタしておりますが、これを逆にチャンスととらえ、打って出る根性や気合いがあるか。
ここはひとつ、やってみませんか。

編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2012年3月28日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。