なぜ金商法193条の3は監査法人に嫌われるのか? --- 山口 利昭

アゴラ編集部

金商法違反(偽計)容疑で社長および元取締役が起訴されているセラーテムテクノロジー(JDQ)社に対して、4月18日、同社の監査を担当しているパシフィック監査法人より金商法193条の3に基づく「法令違反等事実に関する通知」が提示され、同社がこれを受領したそうであります(セラーテム社の適時開示はこちら)。同適時開示にもありますように、同社は社長らが金商法違反に該当するような行為は一切していないと主張しておられるそうなので、同社の監査役の方々も、監査法人の見解と相違があることが予想されます。(ん? といいますか、ひょっとして、もっとほかに意味があるのでしょうかね?)


同社としても、この通知に基づいて社内で調査を進める旨述べておられますが、社長らの刑事裁判との関連において前向きな是正措置が取られることは期待できないかもしれません。そうしますと、平成20年の金商法改正後、はじめて金商法193条の3に基づく「監査法人による金融庁への不正行為の届出」がなされる可能性もあります。

ところでオリンパス事件でA監査法人が監査役に対して「金商法193条の3の行使をほのめかした」ことから、やっと世間的にも監査証明業務を担当する監査法人(公認会計士)の不正届出制度が認知されるようになりました。最近、会計士の方々が、各種座談会等におきまして、金商法193条の3に言及する機会も増えておりますが、その際「これまで金商法193条の3は抜かずの宝刀であって、一度も行使されたことがない」と表現されることが多いようです。これは一面においては正しいのですが、一面においては誤りだと思います。たしかに監査法人さんが被監査企業の法令違反等事実を当局(金融庁)に届け出た事案はこれまで皆無かもしれません。しかし、2008年の当ブログのエントリーでもご紹介したとおり、春日電機さんの事件では、仮処分申立書のなかで監査法人が金商法193条の3に基づく通知を(監査役に)行ったことが登場し、証拠としても内容証明通知書が提出されております。つまり監査役に対する通知事例はすでに数例出ているはずです。

さて、この金商法193条の3でありますが、どうも監査法人(公認会計士)さんの世界では評判がよろしくないように感じております。私などは、不正行為を発見した場合に、これを監査法人さんが放置してしまうよりも、重い荷物を監査役さんに委ねることができるわけですから、むしろ監査法人さんにとっては「都合の良い制度」ではないか・・・と考えておりました。この通知が監査役さんのところへ届いた場合には、このたびのセラーテムテクノロジーと同様、監査役さんは社長と対峙するか、監査法人と対峙するか、二者択一の選択を迫られるわけでして、監査役の善管注意義務に従った対応が迫られることになります。

たしかに監査法人にとっては(社内事情を開示する、ということで)守秘義務の解除という問題がありますので、金融庁への届出はむずかしい法的責任問題を背負うことになります。しかし監査役に対する通知はそれほどの悩ましい問題が発生しないわけで、むしろ不正の兆候に接した監査法人としてはバンバン内容証明通知をもって警告を出せばよいのではないかと思うわけであります。つまり、193条の3に基づく通知は監査役に対しては門戸は広く、当局に対しては門戸は狭く、といった運用がベストではなかろうかと。ところが先のオリンパス事件でもそうですが、監査法人としては会計不正疑惑に直面しても、なかなか監査役に正式な通知を出さない傾向にあるようです。

また、いろいろと勝手な推測による意見であり、関係者の方々から怒られそうな気もしますが、おそらく監査法人さんとしては、監査役との連係・協調を推進します、有事には監査役と情報交換を密にして不正の発見に努めます、と表明しているところですが、ホンネのところでは「どうせ監査役は経営者にはモノが言えないだろう。そうなると第二ステップに移行せざるをえなくなり、金融庁に対して法令違反等事実を届け出ざるをえない。結局経営者から守秘義務違反、虚偽説明と言われてリーガルリスクを背負うのは監査法人になってしまう。そんな面倒なことになるくらいだったら、金商法193条の3を監査役にちらつかせる程度にしておこう」といった感覚ではないかと。今回のセラーテム社の事例のように、すでに強制捜査が開始されているのであれば届出もやりやすいのですが、事案によっては不正発覚の引き金を引くはめになるわけでして、このあたりが監査法人にとって193条の3の制度がやっかいと思われる理由ではないでしょうか。監査役との連係に関する「ホンネ」と「タテマエ」が交錯する場面であるがゆえに、この制度は監査法人さんに嫌われる運命にあるのではないかと。

この制度が誕生したからといって、財務諸表監査を担当する監査法人に「不正発見義務」が認められるようになったとは申し上げません。しかし、会計不正事件に直面した監査法人にとっては、自法人の法的責任問題に発展する可能性をもつ制度だけに、できれば最後まで「抜かずの宝刀」のままであってほしいと願うところなのでしょうね。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年4月20日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。