バス事故は規制緩和の結果だったのか

大西 宏

関越自動車道での痛ましいバス事故を起こしたバスの運行会社「陸援隊」の経営実態が次第に明らかになってきています。河野容疑者がバスを保有し、道路運送法で禁止される「名義貸し」が行われていたことや、日給が1万円と、この仕事ではまったく割に合わない低賃金だったことなども報道されています。
「河野交通」独自営業、会社が運転手に「名義貸し」…高速バス7人死亡事故 (スポーツ報知) :
そんななか、テレビ番組などで規制緩和がこういった事故を起こした原因だというコメントが目立つことには違和感を覚えます。なぜならほんとうに規制緩和で事故が増えたのかという疑問が湧いてきます。しかも問題を指摘するだけで具体的解決への提案がないというのもいつものことです。


長距離バス事故で思い起こされるのは2007年に起こった吹田スキーバス事故です。大阪中央環状線を走行中、大阪モノレールの高架支柱に激突し、添乗員として乗務していた当時の社長の三男が死亡した事故でした。
吹田スキーバス事故 – Wikipedia :

どうしても大きな事件が起こると、そのインパクトが大きく、また報道でも大きく扱われるために、同じような事件が増加していると錯覚してしまうことがあります。ブログで幾度か取り上げました。しかし実際に統計を確かめるとそうではないこともあるのです。
印象に残る事件が多いと犯罪が増えていると錯覚する – :
ゲーム規制って?思い込みで動く人は怖い – :

では、ほんとうに規制緩和後に事故は増加していたのでしょうか。その点を高橋洋一氏が現代ビジネスのニュースの深層でグラフを付けて取り上げています。実際には今回問題となった貸切バスの事故率は増えているとはいえず、むしろ最近では低下傾向にありました。しかも貸切バスの規制緩和は2000年2月に行われましたが、「需給調整規制を前提とした免許制から、輸送の安全等に関する資格要件をチェックする許可制へ移行」し、参入が増え、また料金も下がったのですが、決して安全性の確保についても自由にやれというものではありません。
規制緩和でバスの事故は増えたのか。 高橋洋一| 現代ビジネス [講談社] :

むしろ高橋氏も指摘されているように、防音壁の前にあるガードレールを防音壁よりも路肩の外に設置されていたことが、さらに事故を甚大化しました。新しい高速道路ではそういった構造になっておらず、古い高速道路で放置されたままになっていたわけです。これはあきらかに行政の怠慢です。

また、長距離バスで怖いのは運転手の居眠りです。吹田スキーバス事故も法定時間を大幅に超えた過労状態で乗務していたことで居眠り運転となり事故となりました。今回も居眠り運転だった可能性が高いとなると、その対策は今回の事故が起こらなくとも、結果論になってしまいかねませんが、なんらかの対策を打てたはずです。

総務省が平成21年に貸し切りバス運転手にアンケートをした結果、9割近くの運転手が運転中に睡魔に襲われた経験があると回答していたことを受け、国交省に勧告をおこなっていたことも見逃せない点です。
総務省|貸切バスの安全確保対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告 :

すくなくとも、古い高速道路であっても安全対策を行うべきでしょうし、また事業者の経営内容をすべて監視し、把握することは現実的には困難だとしても、居眠り防止の装置設置の義務化などは行えるはずで、まずはそこから着手すべきではないでしょうか。なぜマスコミが、運行会社「陸援隊」の社長の記者会見ばかりを取り上げ、国交省の責任についてなぜもっと迫らないのかも不思議な話です。

今回の事故について、森本卓郎氏がまたとんでもないコメントをしていたことが気になります。思わず絶句してしまいました。利益を追求する経営者が運行管理をしていたことは、目的が矛盾するので別の人間に運行管理させなければならないというのです。原発の監視すべき役割の安全保安院が原発推進をやっていたこととイメージを重ねての発言でしょうか。世の中の実態や現場を知らない発言だと感じます。小さな企業では経営者はなんでもやらなければならないのです。

経営者は、事故を起こすと事業そのものが破綻するリスクを負っています。運行会社「陸援隊」も事業継続は無理でしょう。日本の場合は中小、零細企業では、いかに株式会社の体裁をとっていても、経営者の個人資産を担保に資金繰りを行なっている企業が多いために、経営破綻すればすべてを失ってしまいます。それに管理者をさらに増やしたから事故が防げたとはとうてい考えられません。その人件費を吸収するためにさらに無理を重ねる結果にもなりかねません。

いずれにしても、規制緩和が悪いという情報の流布だけは止めてもらいたいものです。それは、官僚の裁量行政を温存することになります。官僚機構に求められているのは、経済の自由化やスピード化をはかるためのバックアップ体制をより強化することであって、産業の活力を削ぐ規制強化は困りものです。