関越自動車道でのバス事故の原因が規制緩和にあるのかどうか、についての議論があちこちで見られる。
もし規制緩和が行われなかったら、今回のような事故は起こらなかったであろう。そういう意味では、今回の事故の原因は規制緩和にある、といえる。
しかし規制緩和を行えば、必ずこのような事故が起こるかといえば、そうではない。こう考えると、規制緩和のやり方が悪かったのである。
そもそもバス事業の規制緩和というのは、国が需給バランスを勘案し、業者の数を決める制度から、国が定めた条件を満たした業者には、全てバス事業者としての許可を与える、ということになったものだ。逆にいえば、新規参入したバス会社は、要求されている条件をきちんと満たさなければならない。
ところが今回の事故を起こした「陸援隊」は、いくつもの法令違反を行っていたことが明らかになっている。
規制緩和で市場を開放する以上は、きちんとルールを守っているのかについて誰かが監視するのは重要なことのはずである。ところが今回は「陸援隊」がかなりの数の法令違反をしており、そのために事故が起こったともいえる。
そして私が業界関係者に聞いた話によると、「陸援隊」がおかしていた法令違反のいくつかは、新規参入した他の業者でも広く行われていることらしい。
ここで問題なのは、規制緩和をしたのはいいが、業者に対して、法令違反をしていないかチェックする機能が全く働いていなかったということである。これはバスの規制緩和だけが問題になることではない。一般に規制緩和をする以上は、それを監視するシステムも同様に作り上げないと、今回の事故のようなことは起こり得る。今回の事件の最大の問題は、規制緩和をしたのはいいが、参入した業者に対するチェック機能が働いていなかったことだ。
また今回の事故についていえば、もう1つ大きな問題がある。そもそも国が決めた条件が事故防止という観点から妥当なのか、ということである。一番わかりやすいのが、今回の事件で広く知られるようになった、運転距離670kmまでは1人で運転していいというルールだ。
国が決めたルールに関係なく、バス会社が安全性のために自主的にルールを決めればいい、という意見もあろう。事実、昔であれば夜行バスといえば距離に関係なく、2人乗務が当然であった(途中で運転手が交代する東名ドリーム号は別だが)。
ところが規制緩和後、新規参入業者が増え、低価格競争が起こった。当然、2人乗務より1人乗務の方がコストは安い。
旧来のバス会社が運行する定期路線バスは、低価格が売りのツアーバスにどんどんお客を取られることになった。旧来のバス会社は労働組合が強い所も多く、そちらの力関係で、夜行バスのワンマン運転ができないケースも多々みられる。そうなると、小規模で労働組合もない会社が多い、低コストの新規参入業者には価格面で勝てない。
もちろん、「路線バスの方が安全ですよ」というPRもできたのかもしれないが、現実には、多くのお客さんが路線バスとツアーバスの区別を重視することなく、低価格のツアーバスを選んだ。
そして高橋洋一氏も指摘するように、規制緩和後もバスの事故は増えていない。事故が増えないのなら、どんどん低コストにしよう、という動きになるのは当然の流れだ。たとえ夜行バスであっても670kmまでなら1人乗務にしても国の規制には触れない。
旧来のバス会社が運行する路線バスであっても、1人乗務の路線はある。以前、大阪から長野までの夜行バスに乗ったら、1人乗務でびっくりした。私は路線バスなら2人乗務なのだろうと思っていたのだが、今の時代、路線バスでも1人の所はあるようだ。正直、1人乗務なら乗りたくないと感じた。このケースも、2人乗務の安全性よりはコストを優先させるという企業判断だったのだろう。
居眠り運転による死亡事故なんて、そう滅多に起こることではない。だから、事故率などという統計を持ち出してもあまり意味はない。今回事故が起こったから数年の間は用心してこういう事故は起こらないだろうが、2度あることは3度あるので、役所の監視システムが今と変わらないのなら、また数年後には同じような居眠り運転による死亡事故が起こるだろう。それを「滅多に起こらないことだから、そのために規制を厳しくするのはデメリットが多い(夜行バスに2人乗務を義務づけるとコストが上がり運賃に跳ね返る)」と思うのか、「こういう事故は絶対に起こしてはいけないから規制を厳しくすべきだ」と思うのかは、考え方の違いである。
但し1つだけ付け加えておくと、670kmまでは1人乗務で構わないという決まりについては、安全性から出されたものではなく、関西各地からディズニーランドまで行く路線が1人で運転できるように、という、コスト的な理由からのようである。それが本当なのかどうかの真相は、私は知らないが。
前田 陽次郎
長崎総合科学大学非常勤講師・博士(経済学)