大学の国際競争が起こらない理由

田村 耕太郎

先日、母校のロースクールの学長、副学長らが来日していた。私のような出来の悪い人間を拾ってくれたのは、日本びいきの副学長のおかげ。彼らと彼らが宿泊するホテルで会食する機会があった。日本の政治経済から大学教育まで幅広く意見交換。話題は「アメリカ名門大学の国際展開」に。ニューヨーク大やハーバード大やシカゴ大が中東や中国やシンガポールに拠点を開設している。医学部が強いこの母校もシンガポールに国立シンガポール大学と一緒に医学部を開設している。

経済発展するアジアでは、会社法や金融規制等の整備が急速に進む。この分野で強いわが母校。アジア進出の需要はある。ロースクールも拠点設置に興味はある。ただ、現実を見てみると海外キャンパス開設は非常に難しい。経営サイドと話してみてわかることがたくさんあった。


まずはコスト。シンガポールで医学部を開校するための莫大なコストは全てシンガポール大が払ってくれたそうだ。研究費用も結構出してもらっている。バイオ産業のハブを目指すシンガポールらしい支援だ。そんなケースは非常にまれだ。キャンパスを出すのは非常に高額な投資。それを学費収入で回収するには、かなり長期間かかるという。大学ビジネスは、名門ほど初期投資に莫大な費用がかかり、スケーラブルではない。いかに潤沢な基金があっても、要求される投資リターンの数字は厳しいので、ペイしない海外展開は戦略として不採用とのこと。

次に学位が薄まってしまう可能性。アジアや中東にキャンパスを出したアメリカの名門校ですでも起こっている学位の希釈化。「ロケーションはもろ刃の剣。確かに中東やアジアを体験しながら学びたいという需要は米国学生にもある。しかし、歴史があるアメリカの本校で学ぶことに意義があると思う。産油国がいかに高価なキャンパスを用意してくれてもそこに魂がない。本校の本物の風土は多くの人が思うより重要。海外分校を作っても、本校で学んで卒業する人と同じ資格は与えられない」と学長は言う。もう一つの母校はシンガポール大と組んでリベラルアーツカレッジをシンガポールに来年開講するが、本校と同じ学位を出すことはやめた。シンガポール大はダブル学位を期待していたが、学位希釈化を恐れる大学は教員派遣とカリキュラム支援にとどめた。

そして、人材の不足。名門校の教授陣は本校で最大限活用されている。本校での授業や研究で非常に多忙。売れっ子の先生は一年以上本校を離れることはできない。教員の配偶者も仕事を持っているケースが多く、家族で移動が困難な場合が多い。何より教員の子弟の教育問題もある。

これらの解決策として「オンラインでの講義」も検討しているが、大学側は「質に問題あり」とみている。「生徒と教授が同じ空間を共有しそこで刺激的なやりとりをし合い(ソクラテス・メソッド)学びあうのが、ロースクール教育の醍醐味。特に弁護士は対人間力が非常に必要な職業である。オンライン教育はなじまない」と学長はいう。

最後に”提携校への遠慮”がある。「われわれ名門校は世界中に提携している名門大学がある。そこの市場にキャンパスを出せば提携校と競合相手となってしまう。そしたら提携校を敵に回してしまう。提携がお金がかからなくていい制度だが、お金をかけて彼らを敵に回すのはリスキーだ」という問題もある。

アメリカの名門大学と言えど、その国際展開はなかなか容易ではない。本来ならグローバル化へ歩みの遅い日本高等教育に黒船として来襲して欲しいのだが・・・