著者:福田 和也
販売元:扶桑社
(2012-04-07)
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★★☆☆☆
岸信介といえば、戦後の政治家の中でも「悪党」としてはナンバーワンだろう。満州事変のあと満州の植民地支配を取り仕切り、東條内閣の閣僚として「軍需省」を創設したのに戦犯として起訴されなかった。そして戦犯容疑者でありながら戦後は復権し、60年安保では強行採決をして批判を浴び、退陣した――という経歴は、自民党の裏面史の主役である。
しかし1944年にサイパンが陥落したとき、岸は東條首相に降伏を進言して拒否され、閣僚辞任を拒否して内閣を倒した。戦前は北一輝の国家社会主義に心酔して「私有財産制を維持しようという考えはなかった」という「革新官僚」だったが、戦後も統制経済で産業を育成するという信念は変わらず、通産省の産業政策の生みの親となった。安保条約の改正は不平等条約を対等にするもので、むしろ岸は改憲と自主防衛による対米独立を志向していた。
戦後の「進歩派」からみると悪役に見えるかもしれないが、岸の信念は一貫していた。私有財産という西洋の概念を信用せず、賢明な官僚が国家を指導するという彼の思想は、東洋的な徳治主義ともいうべきものだ。「強行採決」というのもおかしな言葉で、自民党が多数なのだから、審議が終われば採決するのは当たり前だ。サンフランシスコ条約や安保改正に反対して「全面講和」や「非武装中立」を主張した当時の進歩的知識人と岸のどっちが正しかったかは、今となっては明らかだろう。
他方、彼には「親米」の顔もあった。戦犯として訴追されなかったのは、CIAに情報を提供するためといわれ、工作員として多額の報酬を得た。彼がいち早く復権できたのも、その資金を使って党内の有力者を買収したからだ、ということがCIAの記録で明らかになっている。ところが本書は奇妙なことに、CIAとの関係にふれていない。史料として信頼できないというのであればそういう説明が必要だが、まったく言及もしない。
「悪」の代表とされる岸が政治的には正しい「徳」の政治家でもあったという着眼はおもしろいが、二次資料をつなぎ合わせたような記述が多く、岸と無関係な戦争の歴史などが延々と続いて冗漫だ。読みやすいだけが取り柄である。