ネタとしておもしろがっていた藤井聡氏の話を真に受ける人が、このごろ増えているようだ。「TVタックル」にも出たらしく(私は見てないが)、自民党も国会に「国土強靱化法案」を出した。彼らが政権に復帰する可能性が高いことを考えると、まじめに批判する必要があるかも知れない。
池尾さんもいうように「200兆円の公共投資でGDPが400兆円増える」という藤井氏の主張が正しいとすれば、このプロジェクトはやるべきだ。これは日本の成長率が平均8%になって高度成長期に戻るということで、そうなればプライマリーバランスも黒字になり、財政再建もできるだろう。おまけに、それによって防災で数千万人の命が救えるとなれば、夢のような話だ。
ところが藤井氏の「日本復興計画」を初めとする提案のどこにも、成長率が8%になるメカニズムの説明がない。公共事業の分だけGDPが増えることは自明だが、それ以上の社会的付加価値を生むという費用便益分析がないのだ。書いてあるのは、今のデフレは「デフレギャップ」が原因だから、公共事業でギャップを埋めれば景気が回復するという話ばかり。
彼は国会に提出した資料で、「デフレギャップのあるときは生産性を上げて供給を増やすとデフレが悪化する」と規制改革を批判する一方で、「無駄な公共事業はよくないが、生産的な公共投資はその2倍のGDPを生む」と主張している。
この二つの主張は論理的に矛盾している。ここから導かれる結論は、藤井氏の主張する生産的な公共事業は供給を増やすのでデフレギャップを拡大するということだ。だから望ましいのは、ケインズがいったように紙幣を埋めて失業者に掘り出させる非生産的な公共事業である。これによって需要は増えるが供給は増えないのでGDPギャップが縮小する。
つまり非生産的な公共事業ほど、ケインズ政策の効果は高いのだ。これは実は、ケインズの同時代にも批判された点で、彼自身もこれは「短期に限った議論であり、長期的には生産性の改善が重要だ」と弁明している。ところがマクロ経済学を知らない藤井氏は、短期の「どマクロ」政策を長期の政策と混同するから矛盾が起こるのだ。
現在の日本では、老朽化した公共設備を補修する必要があり、防災対策の余地があるという藤井氏の主張は正しい。しかし実際の災害の犠牲者のほとんどは、家屋の倒壊や火災で起こるので、堤防や道路などに投資しても防災の効果は限られている。どこの自治体でも防災投資の優先順位は高く、やるべきことはすでにやっているのだ。
防災対策は必要だが、それは補修がメインであり、景気刺激の効果はない。200兆円もの公共投資は明らかに過大であり、日本政府が財政再建を放棄したという意思を世界に表明して、国債暴落の引き金を引くだろう。それで日本を「焼け野原」にして出直そうというのが藤井氏の戦略なら、理解できなくもないが。