日本人の神話へと変わってきた「機動戦士ガンダム」

新 清士


「甘え」の構造 [増補普及版]
日本人は、アニメばかり観ていて、だから、バカばかり育つんだ。

ウソです。一度書いてみたかっただけ。ウェブ業界の友人にしばらく前におもしろいことを聞いていた。一時期、ブログや掲示板などの検索ワードのトップ3が「日本」「アニメ」「バカ」だったのだそうだ。

「機動戦士ガンダム」から見える日本人の甘えの価値観というエントリーを書いて、方々から、いろんな反響を頂いたのは、この鉄板ワードを意図せず含んでいたからだと、気がついた。アスキー総研の調査では、ガンダムシリーズが好きな人は、男性20代で22.1%、30代で29.5%、40代で26.2%もいる。30年の歴史を通じて、ガンダムはもはや神話化しており、それを受け止めている日本人の民族性が反映されるのは当然だと、私は考えている。

どうも勘違いされたらしい「甘え」の意味


特に「甘え」という言葉は、「バカ」を意味していると理解された方の多さにも少し驚いた。「甘え」というのは1971年に土居健郎によって書かれた有名な日本人論の『「甘え」の構造』のことである。これは日本人が社会を形成する上で、ポジティブに働く面もあれば、ネガティブに働く両面があることが書かれている。出版当時も相当に話題になったそうだ。

例えば、「義理人情」のように、相手との関係性が、あいまいなルールは、極めて日本人的な感覚だ。「相手の気持ちを察する」というのは、「アメリカ人には一切できないので注意がいるよ」と、アメリカ在住の日本人の友人に忠告をずいぶん昔に受けたことがある。それが共有できている仲間内であれば、効果が大きい。しかし、共有できない人間が出てくると、それは簡単に破綻してしまう。しかし、日本人だけの世界だとそういう人間は村八分にされるので、出てくることが許されない。

「甘え」が生まれたのは、日本人は国ができて以来、あまり大きな戦争もせずに暮らすことができたからだと考えられている。関ヶ原の戦いでさえ、世界的にみると中世の戦争としては小さく、基本的には2000年間、日本は平和な期間が長かった。そのため、「あうん」の呼吸でコミュニティを維持できたのだ。

日本人的な「甘え」はポジティブにもネガティブにも働く

ところが、その論理で世界に広げると困ったことも起きた。明治維新を中国で行わなければならないという善意の気持ちで、中国に渡っていった「大陸浪人」と言われた人たちにも、中国のナショナリズムの台頭により排斥されていく。満州を謀略によって作り上げた石原完爾の「五族共和」という理想も、軍部の現実には機能しなかった。元首相の鳩山由紀夫氏の09年の「東アジア共同体構想」にしても、「こちらが誠意を見せれば、気持ちを斟酌してくれる」という「甘え」があった。

重要なのは、そうした意識が、日本人には無自覚に出てくるところだ。これが政治的な活動だけではない。個人レベルで日常的に自動的に出てくる。それになかなか気づける機会は、少なくとも日本にいると多くない。

これが悪いというのではない。日本人には、契約書がないままでも、あうんの呼吸で、様々な人が暗黙のルールで仕事を成功させることができる。また、意思決定のスピード感を生むことができる。日本の高度成長期に多くの企業が短期に成功できた要因とも考えられている。ただ、「義理人情」が通じない社会と対面したときには、苦労することになる。今、日本がグローバル化して、ルールがまったく違うので苦労しているという点も、海外と取引のある方には同意頂けるだろう。

神話化するにつれ日本化するガンダム

「機動戦士ガンダム」は、すでに製作にはたくさんの人が関わっていて「神話大系」になっている。たくさんの人が関われば関わり、支持されれば支持されるほど、ユーザーの求める「神話」的な性質が強くなる。

ガンダムには「ニュータイプ」思想という物語の中核を成す考え方が出てくる。子供向けアニメに哲学的な思想が持ち込まれたことが1979年の放送時には、とても先進的だった。これは端的に言うと「宇宙に進出することによって、人間が分け隔てなく理解し合える新しい人類が登場する」という考え方だ。これは1970年代後半にアメリカの西海岸を中心に流行った「ニューエイジ思想」に大きく影響を受けている。

現在でも、この考え方は「スピリチュアル」といった単語の形を変え残り続けているが、主観的な体験、直感的な理解、宇宙的な存在の肯定といった考え方の特徴を持つ。「この宇宙は唯一つである」というキリスト教の千年思想の影響が大きいともいわれている。ただ、そもそも曖昧な思想で、主観を主体としているため、思想的な深みを生み出す発展は難しく、続編が次々に作られるにつれて、なんだか意味のわからない中身のない思想になっていく。

一方で、ニュータイプ思想は、日本の神話になるにつれ、感覚的に理解さえできれば、お互いが主観的にわかりあえる……察することができる……といった、日本独自の「甘え」的な性質が強くなる。もちろん、キリスト教的なニュアンス(物語の中ではジオニズムと呼ばれる)は消えていく。だからこそ、いまだにガンダムの考え方は日本人には受け入れやすく人気があると考えている。

しかし、(私も含め)ガンダムについて語るの好きだよね(苦笑)

新清士 ジャーナリスト(ゲーム・IT)
@kiyoshi_shin