小さな謝罪広告が監査役制度に遺した大きな功績 --- 山口 利昭

アゴラ編集部

本日(6月21日)の日経新聞朝刊の社会面右下に、ほんの5行程度の小さな広告ではありますが、トライアイズ社(4840 JDQ)作成に係る謝罪広告が掲載されております。また、同社HPでも、本日付にてもう少し詳しい内容でリリースされています。


その題名は、

「当社元監査役古川孝宏氏に対するお詫び」

広告内容を、そのまま引用することは避けますが、その概要は、

当社は元監査役の職務対応について、その在職中に任務を懈怠した、として名誉を毀損する表現があったが、これらの表現や記述を撤回するとともに、元監査役に対して陳謝します

というものであります。

トライアイズ事案につきましては、もう3年ほど前のお話でありまして、経営執行部と元監査役との間で監査方法に関する紛議が生じ、これに異議をとどめた監査役に対して会社側から「監査役解任議案」が上程されました。その上程議案の理由として、株主総会の招集通知には「この監査役には任務懈怠があり、監査役としての資質や能力に欠ける」とされ、残念ながら総会では3分の2の解任賛成票を集めて解任された、という経緯がございます。もう2年半以上前ですが、何度か当ブログでも採りあげまして、「トライアイズ元監査役が遺したものを無駄にしてはならない」として、総括したことがございます。

現在も未だ上記古川氏とトライアイズ社との間では、別件裁判が係属中でありますので、ここで推測に基づくお話をすると関係者にご迷惑をかけることになります。したがいまして、あくまでも上記謝罪広告が公表された限りでの感想しか申し上げることはできませんが、この謝罪広告の重要なポイントは「元監査役」に対する会社側からの陳謝、という点であります。私は未だかつて会社法関連の事件で、監査役や取締役の職務執行の適正を確認するための謝罪広告というものは存じ上げません。おそらく、こういった謝罪広告は極めて貴重なものだと認識しております(もし、同様の謝罪広告が過去にございましたら、講学上も勉強しておきたいと思いますので、どなたかお教えいただけましたら幸いです。かならず付記させていただきます)。

私も過去にわずか数例はありますが、(監査役や社外取締役側にて)同様の紛争事案を経験したことがございます。しかし、いずれのケースにおいても、相手方企業が内紛を対外的に公表してはならない、という「守秘義務」にこだわり、高額な和解金と引き換えに一切の対外的公表は当事者が控える、という(民事調停上の)和解条項を付して終結しました。古川氏としては、会社側の「仕打ち」に対する個人的な感情もあるかもしれません。しかし、ここまで謝罪広告にこだわったのは、「監査役として」間違ったことはしていなかった、ということを正式な会社情報として開示せよ、という気持ちの現れだと思います。たしかに株主総会では解任されてしまいましたが、いまでも古川氏は「監査役」という職務に誠実に向き合い、監査役としての職務を適切に履行されたことを世間に伝えたかったことは間違いないと思います。

当ブログでこの謝罪広告を紹介させていただく一番の目的は、(古川氏の気持ちとは異なるかもしれませんが)当時のトライアイズ社の株主総会の状況に私がとても暗い気持ちになったからであります。監査役が自信をもって監査業務を遂行すれば、ときに経営執行部と対立することは当然であります。経営執行部としては、監査役解任議案を上程する、といったことも、予想されるところかもしれません。当時、元監査役の意見は招集通知に記載され、さらに株主の皆様宛にHPを開設して、堂々と監査役としての意見を公表しました。しかしながら、一般株主の方々の反応は(もちろん元監査役の意見に賛同された方も多かったのですが)お家騒動はやめろ、監査役が騒ぐと株価が落ちるから騒ぐな、ずいぶんと変わった監査役さんがいて会社も迷惑ですね、といった意見も聞かれるところでした。監査役が堂々とモノを言う、というのは、一般株主からはこのように映るのか……と、とてもつらい気持ちになったのを覚えております。

「モノ言う監査役」が珍しければ珍しいほど、「おかしな監査役さん」という感覚を一般株主の方に持たれるのはとても残念です。しかし監査役が取締役の職務執行を停止させる仮処分には担保は積む必要はありません。この会社法上の趣旨を実務上で実現するためには、単純に監査役に認められている権限を強化することよりも、堂々と権限を行使できる環境を整備することにこそ目を向けなければ、監査役制度は機能しないはずであります。このたびの古川氏の行動も、けっして古川氏個人と経営陣との個人的な紛争によるものではなく、古川氏が監査役として誠実に職務を執行することに起因する紛争であったことを、一般株主を含めた投資家の皆様に知っていただける機会になりました。そういった意味においては、実に画期的なものであると評価いたします。

本当に小さな小さな広告ではありますが、監査役制度の発展に向けて、大きな前進であり、大きな功績を遺したものとなりました。最後になりますが、この裁判をここまで続けてこられた古川氏と、支えてこられた代理人弁護士の方々に敬意を表したいと思います。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年6月21日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。