朝日新聞の伝える所では、いじめ「先生は知っていた」 大津・中2自殺との事である。
大津市で昨年10月、市立中学2年の男子生徒(当時13)が自殺した問題で、学校側が生徒の自殺後に全校生徒を対象に実施したアンケートに対し、15人が「(いじめの事実を)先生は知っていた」と回答していたことが分かった。 生徒の回答には「先生も見て見ぬふりをしていた」「一度、先生は注意したけど、その後は一緒に笑っていた」などとあった。
「先生」と言うのは担任の教師を意味するのであろうか? 仮にそうであれば、「クラス運営」が全く出来ていない事になる。「クラス運営」に於ける管理者不在である。これではクラスが無秩序、無規律となり今回の如き痛ましい事件の温床となってしまう。
しかしながら、教師も人間であり、得て、不得手があるのは止むを得ない。担当教科を教える事は得意でも、暴行、傷害、恐喝と言った、とても「虐め」とは言えない「犯罪」を常習的に犯す不良生徒の指導が苦手と言う場合もあるに違いない。
こう言った場合、「生活指導」を専門とする教師や、学年主任、或いは教頭、校長等のマネージメントラインがしっかり状況を把握した上で担任の手に余る様であれば、問題処理を巻き取るべきであったと思う。
どうも、学校としての危機対応のシステムが不在の如く見受けられる。或いは関係者の当事者意識の希薄さ(要は無責任)から来る謂わば人災の結果なのかも知れない。
教育委員会もどうも機能不全の様である。所詮官僚組織であり、縦割りで以て権益の及ぶ領域を確定し、教育現場を「聖域」化して来た訳である。
しかしながら、福島原発国会事故調読めば一目瞭然であるが、官僚は平時に仕事を回す事は得意でもイレギュラー対応は苦手であり、極めて無力である。
教育委員会であれ、学校であれ、本来問題がここ迄悪質化しておれば警察に通報し対応を協議すべきであった。そうすれば、生徒の自殺は防げた筈である。
教育関係者は教育現場を「聖域」等と思い込んでいる様であるが、実態は毒蛇がひしめく熱帯のジャングルの如く、子供達に取って危険極りのない場所なのである。これでは、北朝鮮政府関係者が自国を「地上の楽園」と称しているのと大差ない。
さて、問題はこの危険極りのない学校からどうやって我子を守るかである。
第一に、先ず子供に学校は危険極りのない場所である事を教える事である。
第二は、「虐め」は常態化しており、被害者になる事も充分に有り得、「特殊」な事でも「恥ずかしい」事でもなく、先ず親に報告する事を口を酸っぱくして教え込む事である。
最後は、今回の様に「暴行」、「傷害」の被害者となったら、何をさておいても病院に直行し医師の診断を受けた後、「診断書」を作成して貰う事である。そして、被害に至った経緯と「暴行」、「傷害」の具体的な内容を纏めた文章と共に被害届として警察に提出するのである。
念の為、コピーを準備しておき、今回の様に所轄が被害届を受理しないと言う事であれば、弁護士に付き添って貰い県警本部を訪問すれば良い。
大事なのは、「学校」や「教育委員会」と言った、保身に捉われまるで張りぼての如く機能しない組織に相談し、時間を浪費している間に子供が自殺してしまう事を回避する為、「診断書」の如き客観的正当性のある「証拠」を警察に提出し、後は「司法」の判断に委ねる事である。
山口巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役