Windows 8に賭けるマイクロソフトの本気さ~学生向けイベントでさえ見えてくるもの

新 清士

7月7日から、10日まで開催されるマイクロソフトが学生向けに主催する世界レベルのコンペティション「Imagine Cup Australia」のゲームデザインのWindows Phone部門の審査員をお引き受けしたので、シドニーに滞在中だ。

■激戦を予感させるImagine Cupの開会式

ソフトウェア部門と、ゲーム部門とに大きく別れた部門は、57人の審査員によって、選ばれていく。ゲーム部門だけでも700もの応募があり、それが400に絞られ、さらに100に絞られ、最後に20タイトルに絞られる激戦(Windows/Xbox部門とPhone部門)で、ゲーム部門はWindows部門で、日本のチームが初めて2タイトルも入るという大きな成果を生み出している。私はその最後のノミネート作品にスコアをつけ最終的に5タイトルに他の審査員とともに絞り込んでいく作業がまず最初の仕事だ。

6日に開催された、開会式に参加したが、世界各国の参加者は興奮のるつぼで、誰もが自分たちが自国を代表しているという意識を持っている。自国の旗を振り、歓声を上げるすごい状態になった。こうしたイベントで大きく違うのは、発展途上国からの参加が多いことで、チームの渡航費から宿泊費をすべてマイクロソフトが負担するため、多くの地域で目標となっているようだ。莫大な費用が掛かっているはずだが、一体いくらの費用が掛かっているのか、想像も付かないほどの規模だ。


<開会式会場の様子>


■これまでの安定収益モデルを捨てて賭けに出た「Windows 8」

ただ、この短いエッセイでは、この件について書きたいのではない。同行取材をしている他のメディアの方が書くだろうし、私自身も別の機会に書きたい。

開会式を通じて、私が注目したのは、マイクロソフトが自らのビジネスモデルの根本にまで踏み込んで、この秋に発売になる「Windows 8」で、自社の戦略に大きな変革をしようとしている本気度がビンビンと伝わって来る点だ。マイクロソフトは、パソコン向けOSとOfficeが中核のビジネスになっており、その収益状況も悪くない。


<プレゼンテーションの中でのWindows 8のアピール>

しかし、自分たちがアップルやグーグルに押されつつあり、自らのステイタスが今後数年で崩されるという危機感を強く持っていることが、随所に伝わってくる。挨拶で壇上に上がった、マイクロソフトが巨大化していく前の20年勤めている副社長が語ったのは、アントレプレナーシップの重要さだ。このイベントが学生を通じた企業家への機会を開くチャンスであり、そのための機会を提供していくというものだ。

オーストラリアの首相のビデオコメントや、教育省の大臣がスピーチを行ったりするのはある程度予測が付いていたことだが、驚いたのがのが、ベンチャーキャピタル(VC)のビデオメッセージが含まれていたことだ。その中には、Facebookや中国の百度、Drop Boxや、「アングリーバード」のRovio、最近グリーに買収されたソーシャルゲーム会社Funzioといった企業への投資に成功しているVC大手のAccel Partnersなどの、何社ものコメントが発表された。

■企業家を育てることに力点へとシフトへ

この傾向は、マイクロソフトの関係者によると、「Imagine Cup」で2年あまり前からその方向性に鮮明になってきているとのことだ。これは、マイクロソフトが大きく自らのビジネスモデルを根本から見直しをかけていることを示唆している。

オープニングスピーチの中で、Fecebook、Google、Yahoo!などの企業を上げ、それらの企業は皆、学生が立ち上げたものであり、そうしたチャンスは今ここにいる学生達には国境を越えたIT技術によって、ワールドワイドに容易に展開できるのだと、世界の変化を強く主張する。他社を積極的に言及するのもめずらしいと感じた。

また、おもしろいと思ったのは、マイクロソフトは、Windowsでは他社が容易に参入できるものの、比較的値段が高い価格設定がハードルになっていた点への見直しだ。これは、無料でOS提供や、様々なサービスを提供するGoogleには対抗することが容易ではなくなりつつあり、無料で配布されるChrome OSが成長してくればマイクロソフトのビジネスモデルは危機に直面する。アップルにはすでに音楽の分野では完全に敗退している。さらにKindleなど新しいサービスもマイクロソフトの関係ないところで登場してきている。スマートフォンやタブレットという新しいコンピューティングの分野では、マイクロソフトの存在感は皆無に近い。OSも安価になり、開発環境を無料でばらまかれるの当たり前になった時代、マイクロソフトの既存の戦略は、今後の5年あまりで危機を迎える可能性は高い。

■新しい時代のエコシステム

しかし、開会式とはいえ、マイクロソフトの主張からにじみ出てくるのは、Windows 8で本気で自らのビジネスモデルを根本的に変えようとする意思だ。副社長のスピーチは、長くマイクロソフトで生きてきた人間による説得力があった。こうした納得性は日本では感じられないことだ。

そして、繰り返し「エコシステムの形成」の重要性が何度も出てきたが、今の時代のIT技術は、どこから新しい芽が出てくるのが予測できない「創発」の時代に入っていることをよく分析している。

自社の技術で、すべて取り込もうと無理をするのではなく、大きく市場を早期に作ることができたサービスには、自社で追うのをやめ、他社のものであっても、自らのサービスに統合を進めていくことの方が有利であるという判断に切り替えてきているように思えている。例えば、マイクロソフトは、Facebookにみずからの検索エンジンBingを組込み、逆に、GoogleのYouTubeやTwitterを積極的に利用している。新しい時代のエコシステムを探っているのだ。

そのためには、圧倒的なペースで普及させていくサービスに注目することが必要であり、今までとはまったく違う論理で、エコシステムを形成する努力と魅力が必要になる。そのために、「Windows 8」への移行を「Windows XP」までさかのぼり、39.99ドルとするという、一歩間違えれば自社の収益の源泉となるサービスを破壊しかねない選択を行おうとしている。過去、119~219ドルでOSがアップデートさせていたのを考えると驚くべきことだ。

■マイクロソフトの社運をかけた「Windows 8」

「Imagine Cup」はもちろんマイクロソフトのイベントであるため、ことあるごとに、「Windows 8」がいかにすばらしいかという宣伝トークが入る。しかし、社運を賭けたエネルギーの本気度は、伝わってくる。肥大化して大企業病に侵されていると言われながらも、今のマイクロソフトの危機感が生み出す必死さがある。失敗すれば後がない、それでもやらなければならない、そういう感覚だ。

これは、経営トップのスティーブ・バルマーの強いリーダーシップがなければ成り立たないし、ビル・ゲイツの強い後押しがあるとも言われている。特に、全敗に近いスマートフォンの分野まで含めたマイクロソフトのサービス全体で、新しいエコシステムを作るにはどうすればいいのか。どうも本気で考えているように感じられる。

そのためには、他のプラットフォームから客を取り戻すパワーがいる。ノキアと提携したときには、弱者連合と揶揄された。新しい「Metro」インターフェイスもあまりにも違うために、混乱が予想される。しかし、PC、Xbox360、Windows Phoneを統合していこうという意志は強く感じられる。マイクロソフトが独自技術のタブレット「Surface」を開発したのも、誰にでもわかるエコシステムの起爆剤としたいからだろう。

その本気度が、裏目に出るのか、新しいマイクロソフトの時代を作るのかは現時点では判断は難しい。プレビュー版をインストールしたタブレットを触らせてもらった印象は予想以上によかった。少なくともぐちゃぐちゃのアンドロイドよりは、コンピュータリテラシーの高くない一般の人には、使いやすいだろう。

■ITで「世界を変える」という目標

Imagine Cupでは、昨年のソフトウェアサービス部門でのWinnerが壇上に登場し、人物がみずからの体験を語った。車のタイヤの状況をモニタリングし、道路の路面状況に合わせて、タイやの動作の状況を把握すると言うサービスだ。彼は受賞後、起業した。まだまだ成功までの道のりは遠いが、「ITで世界を変える」と言い切った姿には強いパッションがあった。

創発は、必ずしもマイクロソフトのサービスにすべてがたどり着くとは限らない。しかし、人を育てれば、いつかは統合のプロセスが来る時代が来る。そして、それ以上に「ITを通じて世界を変える」という本気の強い意志を感じる。

明日から始まる、スマホ部門でのプレゼンテーションで、学生達は自分たちのゲームについて何を語るのか、かなり楽しみにはなっている。日本勢はこの雰囲気に圧倒されているようで、大人しすぎると思った。だけど、世界の風を受けて、どうか自分の人生にとって貴重な体験であることをたっぷりと楽しんでほしい。


<会場のパキスタンのチーム>

7日に最初の審査が行われ10チームから5チームに絞られ、プレイ時間を経た後、もう一度プレゼンが行われ、9日に受賞者が決まる。同時に、「Windows 8」の今後の展開にも少しばかり期待している自分を見つけている。今年の後半は、多くのプラットフォームが激突しておもしろい年末になりそうだ。

イマジンカップは、日本では、Twitterハッシュタグは、#イマジンカップ
最も更新ペースが速い、Facebookは、http://www.facebook.com/ImagineCupJapan
私自身が脱線気味に勝手にツイートしているのは、 #imaginevcupj

新清士 ジャーナリスト(ゲーム・IT) @kiyoshi_shin